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峰山由香巡査長(25)と松井茜巡査(20)が射撃訓練を受けている。
パン・パンと乾いた銃声が射撃場に響く。
同心円が描かれた紙製の的が二人の先にある。
そして、二人を後方から見つめる男性教官と女性教官の姿。
男性教官は教養課の東森茂(40代後半)で女性教官は水澤小夜子(30代後半)である。
バサリと音を立てて、射撃後の二枚のターゲットが木製の板の上に置かれる。
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| 東森 | 「着実に上達しつつは、あるようだな」
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| 由香 | 「ハイ!ありがとうございます!」
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ターゲットの中心部分から少し離れてまばらに点在する五つの穴。
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| 東森 | 「―とはいえ、お前はスタートがひどかったんだ。三年かかってやっと人並みだ!」
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| 由香 | 「ハイ!」
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| 東森 | 「―現場で銃を抜く時はな…相手は紙の的じゃねぇんだぞ!」
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| 由香 | 「ハイ!」
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| 東森 | 「精神面の鍛錬も忘れるな!」
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| 由香 | 「ハイ!ありがとうございます!」
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由香は東森に一礼する。
東森は由香に頷き、視線を茜に移す。
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| 東森 | 「松井茜巡査!」
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| 茜 | 「ハイ!」
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| 東森 | 「相変わらずだよ、お前は。まったく進歩がない(―と、ため息)」
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| 茜 | 「ハ・ハイ」
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| 東森 | 「毎回毎回…。こういう結果を出すやつは、今までに一人もいねぇ!」
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| 茜 | 「ハ…ハイ」
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茜のターゲットには中心部に小さな穴が「ふたつだけ」開いている。
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| 東森 | 「お前、俺を舐めてんのか!」
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| 茜 | 「い・いいえ…そういう訳では…」
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| 東森 | 「毎回毎回、二発だけが好成績で、残りは的を掠めもしねぇってどういうことだよ!」
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| 茜 | 「…そ・それは私にも…」
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| 東森 | 「どうせ命中の二発は初弾と次弾だろう!お前の集中力は、弾、二発分か?あぁーん?」
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| 茜 | 「…ぃ・いえ…そういう訳では…」
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東森教官の怒りに、困った顔で答える茜。
だが、東森は、茜の的を手でパンパンと音を立てて叩きながら、不機嫌そうにさらに続ける。
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| 東森 | 「万が一、発砲が必要な事態が起こっても、最初の二発で片がつく…ってかぁ?」
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| 茜 | 「いいえ!―そのような事は決して思っていません!」
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東森教官の怒りに、困った顔で答える茜。
東森の茜に対する叱責は続き、女性教官の小夜子はその様子を、無言ではあるが、呆れた顔で見ている。
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休憩用のテーブルが置かれた小スペース。
由香と茜、そして小夜子が紙コップで自動販売機のコーヒーを飲んでいる。
小夜子、茜の方を見て話す。
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| 小夜子 | 「茜…毎回毎回…あの成績、何とかならないの?」
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| 茜 | 「も・申し訳ありません。…でも、私なりに頑張ってはいるんです」
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| 小夜子 | 「ねぇ、茜。自分の事、飽きっぽいと思う?」
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| 茜 | 「…ぅうーん…、ちょ…ちょっとは」
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| 小夜子 | 「ちょっと?」
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| 茜 | 「う・いや、正直、かなり飽きっぽいですけど…。でも、訓練にその性格が影響するとは…自分は思いたくありません」
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| 小夜子 | 「東森教官、苦手?」
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| 茜 | 「ハ・ハイ、…ちょっとだけ、と言うか、かなり…ですね。―すみません、体育会系のノリは…どうしても…」
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| 小夜子 | 「うーん。そういうあなたが、何で警察官になっちゃったのよ」
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| 由香 | 「で、でも…私は茜が羨ましいですよ。―だって、まだ私、あんなに的の中心を射止めた事、まだ…一発もないですから」
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| 小夜子 | 「―ん、まぁ、そうだね。茜の最初の二発だけは、ある意味、芸術的ではあるよね…」
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| 茜 | 「ぅ!ううー…ほ・誉め言葉になってないですよぅ…」
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| 小夜子 | 「もちろん、誉めてないわよ」
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| 茜 | 「うぐぐ…」
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そして、小夜子は厳しい表情で茜に向かってつづける。
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| 小夜子 | 「誉められたいなら、五発全弾、的の真ん中に撃ち込みなさい。そうすれば、東森教官の茜に対する評価も変わるから」
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| 茜 | 「は・はぃ…ぃぃ」
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小夜子、煮え切らない様子の茜に向かってピシャリと言い放つ。
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| 小夜子 | 「返事はキチンとする!馴れ合わない!」
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| 茜 | 「ハイッ!」
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青色の看板に「若宮市街地10km」の白い文字。
バイパスを走るシルバーのスズキ・カプチーノ(ハードトップモード)
運転席に茜、助手席に由香。二人とも警察官と一見わからぬように、制服の上にブルゾンを羽織っている。
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| 由香 | 「ねぇ、茜…。茜は、いざという時、拳銃を撃つ自信はある?」
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| 茜 | 「ん…。また難しい質問ですね、それ」
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| 由香 | 「ごめん」
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| 茜 | 「―いや、謝らないで下さい」
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| 由香 | 「あ…。ぅ・うん」
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| 茜 | 「そういう質問するって事は…由香さんは現場で発砲する自信が…」
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そこまで言って言葉に詰まる茜。
そして、沈黙する由香。
茜、軽く息を吸い込み、そして、口を開く。
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| 茜 | 「重いですもんね…拳銃。―実際に腰に付けてる重さより…ずっとずっと…重いですもんね」
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車のウインドウに映り込む青空。
茜、ハンドルを握り正面を向いたまま、由香に話す。
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| 茜 | 「―でも、私、撃てますよ…きっと。―いざという時は、多分、きっと」
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Scene_004 マンションの屋外駐車場入口(夜)
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深夜。
赤く点灯するパトカーのランプ。
駐車場出入口を横断して張られた「立入禁止」の黄色いテープ。
警察無線の交信ノイズが小さく聞こえる。
事件を予感させる雰囲気。
野次馬たちを押し留めている羽田瑞枝巡査長(28)
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| 瑞枝 | 「ハーイ、何でもありませんから」
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| 野次馬A | 「何でもないって、婦警さん…何でもないワケないでしょ…」
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| 瑞枝 | 「深夜で付近住民の迷惑になりますから速やかに解散してくださーい」
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| 野次馬B | 「でも、私服の刑事さんまでいるじゃないですか…」
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| 瑞枝 | 「ただの駐車場のトラブルですから…大きな事件ではありませんから」
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そう言う瑞枝の笑顔は、冷静さの裏で軽く引き攣っている。
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一台の車を見ている岡林慶子巡査部長(32)と若い男性私服刑事。
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| 慶子 | 「三件目なのよ…これで」
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| 刑事 | 「はぁ…(力なく)」
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| 慶子 | 「悪戯以外の可能性も考えてもらいたいと思ってね」
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| 刑事 | 「ですよねぇ…」
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| 慶子 | 「署の方からそれなりの人員、割いて貰えないかしら?」
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| 刑事 | 「うーん…」
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| 慶子 | 「見て…」
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内ポケットから二枚の写真を取り出す。
その写真には、それぞれ別の車のタイヤが撮影されている。
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| 慶子 | 「傷のつき方が同じでしょう…」
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| 刑事 | 「まぁ…確かに…同じというか…似てますよねぇ…」
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慶子、怒りを露わにして、刑事の背広の首根っこを掴み、車のタイヤ前にしゃがみ込ませて怒鳴る。
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| 慶子 | 「似てるじゃなくって、どう見たって同一でしょうが!」
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| 野次馬A | 「(瑞枝に)ねぇ、一体なんなんですか?教えてくださいよ!」
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さらに瑞枝は、立入禁止テープを取り出す。
駐車場入口に、テープの一端を貼り付け、静かに歩道を横切る。
黄色いテープが瑞枝の通った軌跡を描く。
道路側の電信柱を周り込み、立ち入り禁止区域を広げ、野次馬たちを遠ざける瑞枝。
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| 瑞枝 | 「ハイ、何でもないですから…。テープの外に出てくださーい」
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| 野次馬B | 「ちょ・ちょっと…婦警さん…」
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| 瑞枝 | 「テープの中に入ったら、公務執行妨害ですよー!ピッピーッ!」
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瑞枝、その声を聞き、野次馬に向き直りニッコリと微笑む。
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| 瑞枝 | 「ホラホラ!ねっ!住民の方の迷惑になるでしょう。速やかに解散してくださいねー」
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問題の車のタイヤの横に慶子の持つタイヤの写真が並べられている。
両者とも、大きな傷で引き裂かれパンクしている。
傷跡を確認するように、慶子がキャップをしたままのボールペンの先で、現場のタイヤと写真のタイヤを交互に示す。
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| 慶子 | 「傷は平行に裂かれた三本線!同一犯の可能性が濃厚じゃない!」
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| 刑事 | 「確かにそうなんですが…可能性だけで、大人数を動かすというのも…」
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| 刑事 | 「現状では…大きく動くのは、ちょっと…。解かっていただけますよね」
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| 慶子 | 「…パンク如きじゃって事?」
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| 刑事 | 「うちの方も手一杯なんですよ…色々と」
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| 慶子 | 「でも…今、動かないと…。今は、タイヤで済んでるけど…もしかすると」
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慶子の言葉に、刑事、両手を合わせて深く頭を下げる。
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| 刑事 | 「すみません!こちらの事情も察してください!」
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| 刑事 | 「最悪の事態にならないよう、そちらの方で、パトロールを強化するなど、当面の対応をお願いします!課長の方には状況を報告しておきますから!」
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慶子、舌打ちをして、刑事から視線を逸らし、夜空を見上げる。
満点の星が輝く夜空に慶子のモノローグがかぶる。
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星が瞬く夜空が「三本の平行線」で引き裂かれ、夜空の裂け目から、血のような「赤」が現れる。
そして、裂け目は一気に拡がり、画面全体が真紅に染まる。
全面真紅の背景にタイトルIN
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| タイトル | 『婦人警官 鰐 -Beauties and the beast-』
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