官 
  Honky Tonk Policewomen


年下の男の子

月曜日

「あ、まただ…」

 ある日の午後、そうポツリと呟いた茜の声に、瑞枝は書類から顔を上げた。

「ん?どしたの?」
「シッ!―何事もなかったようにして、そのまま聞いてください」
「うん」

 いつになく深刻なその口ぶりに、瑞枝は書類に視線を戻し、作業をつづける振りをしながら、再び茜に小声で訊ねる。

「どうしたのよ」
「通りの向こう側を、そぉっと見てください…高校生がいるでしょう。―見えます?」
「ん?」

 瑞枝は、顔は机上に向けたままで上目遣いで表通りを静かに窺う。
 学生服を着た男子高校生が一人、通りの向こうからこちらを見ていた。

「―いるね。こっち見てるね」
「でしょう。…ホラ、私、この間の交番勤務も瑞枝先輩と一緒だったじゃないですか…」
「うんうん」
「その時もですね、放課後のこの時間、あの子、あそこから、結構な時間、こっちを見ていたんですよ…」
「―そうなんだ」
「どうしましょう…」
「ん?どうするって?―茜、まさか、何かご用ですかって、彼に話しかけるつもり?」
「―ん、いやいやいや…そういう意味での『どうしましょう』じゃなくってですね…困りますねって言うか…」
「困る?」
「ハイ…さすがに高校生はマズイですよね」
「へ?―まずいって何が?」
「んー。…ホラ、私だって婦警ですよ」
「は?」
「もーやだなぁ瑞枝先輩…最後まで言わせないで下さいよぅ」
「へ?」
「参ったなぁ…ぐぇへへへ」
「なに言ってんの、茜」
「男子高校生と年上の女のカンケーも淫行って言うんですかねー」
「おいおいおいおいおい!」
「なんたって『青少年健全育成条例』って言いますからねー、青少年…」
「こらこらこらこらこら!」
「先輩…妬かない妬かない…。私だってわきまえてますから」
「……」
「ホント、困りますよねぇ…どうしましょ。ぐぇへへへへへへ」

 書類を書く振りをして茜と話していた瑞枝の肩がガクリと音を立てて落ちた。

「茜ぇ、あんたねぇ…都合よく考えすぎ!んー、あの彼、もしかしたら私を見てるのかもしれないじゃない…」
「プッ!」
「なによなによ!今のプッってのは!」
「ぃ…いや失礼しました…ですよねですよね。あのコ、瑞枝先輩の事を見てるのかもしれませんよね…ぅぷぷぷぷ」
「―もぅ…敵わないなぁ」
「え?―ほ・本気にしたんですか?」
「だーっ!違うちがう!―茜、あなたに対して敵わないって言ってるのよ」
「てへへへ…そうでしたか…。エッヘン!」
「くー、そういう意味じゃなくって…何て言えばいいかなぁ…もぅ!」

 さすがの瑞枝も今日の茜には頭を抱えてしまった。


火曜日

 由香が瑞枝と交替し、茜とともに交番の勤務の任に就く。
 午後4時を過ぎた頃、茜がチラチラと表通りを窺いはじめる。

「ん?どしたの、茜。表に何かあるの?」
「―ぁ、ぃゃ…別に何でもないです…あ!」

 茜の視線の先、通りの向こうに昨日の高校生が現れた。

「何?」

 茜の声に由香も表通りを見た。
 だが、今日の彼は交番の中の二人の婦警と目が合った途端に、その場を立ち去っていった。

「ありゃりゃりゃ…行っちゃったぁ」
「―え?―行っちゃったって…今の高校生の事?」
「ですよー、由香さんが見たから逃げちゃったんですかねー。うーん、残念…」
「ん?私が見たからじゃないよ、彼が行っちゃたのは」
「へ?―由香さん、あのコの事、知ってるんですか?」
「いや、知り合いじゃないけど…時々、交番を覗き込んでるでしょう」
「あれ?由香さんも気が付いていたんですか?」
「私が気が付いたんじゃなくってね、慶子さんが教えてくれたのよ」
「へ?」
「放課後に決まって交番の様子を窺う高校生の男の子がいるって…。でね、その男の子はちらっと交番の中を見て、瑞枝が勤務の日だけ、通りの向こうに立ち止まって、しばらくこちらを見てるんだってさ」
「ほぇ?」
「一昨日、私が瑞枝と一緒の勤務の時も確かにそうだったのよ。その日は日曜日だったでしょう。午前中から何度も交番の前を行ったり来たりして、夕方まで、ずっと瑞枝を見てたのよ。―だから、彼が行っちゃったのは、私たちが見たからじゃなくって…今日は交番に瑞枝がいないからよ」
「ぅげ!」
「―可愛いわよね、そういうの。うふふ」
「うふふ…って、由香さん…笑い事じゃないですよぅ!こういうのアリなんですか?」
「え?アリって何が?」
「だっ・だだ・だって、瑞枝先輩、28じゃないですか!」
「うん」
「相手は高校生ですよ」
「そうだよ」
「少なくとも10歳は年が違うワケじゃないですか!」
「あはは、そうね。―干支が同じだったりしてね。ふふっ」
「ふふっ…て、由香さん…」
「交際してるわけじゃないからいいんじゃないの?なんか、一途な純愛って感じでいいなぁって思うよ」
「じゅ・純愛?」
「何だか越えられない壁に耐えながら、愛する人の姿を見つめられるだけで幸福…なぁんて思ってるんじゃないのかなぁ、あの高校生」

 瞳に星を幾つも瞬かせて話す由香に―うへぇ…と思いながら、茜は、昨日瑞枝に言われた「あなたには敵わないなぁ」という言葉の真意を理解した。そして、さらに思う。

 ―トホホ、そういう事だったのね…、と。


水曜日

 由香と慶子は、夕刻、例の高校生が交番の中を窺い、そそくさと立ち去るとお互い顔を見合わせてクスクスと小さく笑った。

「交番の勤務表のコピー、あのコに渡してあげましょうか?」

 冗談めかして由香が慶子に言う。

「あはは。それ、いいかもねぇ。―でも、ああやって毎日毎日、気にしてるのがいいんじゃないの?―今日はいるかなって、ワクワクして交番にやってくる…そういうのも、恋の楽しみなんじゃないのかな、あのコには」
「ふふっ!瑞枝の勤務シフトが解っちゃうと、彼のワクワクが半減しちゃいますかね」
「うんうん、そういう事。ホント健気よねぇ…うふふ」
「瑞枝が羨ましいですよねー」
「え?―ん?あ、あぁ…そうね、ぅ羨ましいわね」
「アレ?―慶子さん、羨ましいって思ってないみたいな返事ですね…」
「あ…あら。―そ・そんな感じに聞こえたかしら?」
「ん―はい、少し…」
「まぁ、ホラ、私なんておばさんだからね。そういう青い春は…もう昔の話よ」
「『青い春』って…。じゃぁ…もし、あの高校生が、瑞枝じゃなくて、慶子さんを見ていたとしたら、どう思います?」
「え?」
「―だとしたら、やっぱり嬉しいでしょう」
「ん・あぁ、うんうん…そ・そうね、嬉しいと思うわね…きっと」

 さすがの慶子も由香に向かって言えなかった。「お子様」はお断り。一から教育するのが面倒臭いからさ…とは。
 言えない台詞を他の話題で誤魔化した。

「あのコの事、瑞枝に伝えた?」
「ん、いぇ、まだですけど」
「知ったらどう思うかしらね、瑞枝…」

 慶子はそう言って由香を見た。そして、二人で顔を合せて笑った。
 そして、同時に黙り込んだ。
 二人とも顔色を失って硬直していた。

「ね・ねぇ、由香…なにを固まってるの?」
「け・慶子さんこそ、どうしたんですか?」
「たっ…た・多分、由香と同じ事を想像しちゃったのよ…」
「慶子さんも、やっぱり…そう思いますか?」
「ゆ・由香もそう思うって事は…やっ…やっぱり…」

 慶子の喉が「ゴクリ」と音を立てて鳴った。

「ねぇ、由香、い・今まで…み・瑞枝が彼氏に選んだ男性って…やっぱり『一癖ある』タイプ…なの?」
「…ハ・ハイ…そ、そんな感じが…正直…します。―独特の考えを持っている人っていうか…ちょっとユニークなタイプが…瑞枝の…好み…なのかなって…」

 そう答えた由香の心臓は早鐘の如く鳴り響いていた。

「き・危険ですかね…やっぱり」
「う・うん。み・瑞枝を信用しないわけじゃないけど…」

 二人は既に先程の笑いを遥か遠くに忘れている。

「あの高校生…年齢だけで…『一癖ある』じゃない」

 そう言う慶子の脳裡には、なぜか「太宰治」という三文字が浮かんでいた。

「…ま、まずいよ」

 慶子はそう言いながら首を左右に振り、次に浮かびそうになる「破滅」という文字を必死で頭の中から追い払って、ふぅ…と大きなため息をひとつ吐いた。


木曜日

 夕刻が近付くと慶子が表通りを気にしはじめた。その様子に茜は口を尖らせて話しかける。

「慶子先輩、例の高校生の事を気にしているんですか?」
「ん?―う・うん、まぁね」
「大丈夫ですよ。今日は瑞枝先輩がいないから、どーせ、すぐにいなくなっちゃいますよ」
「そ・そうね…」

 予想通り、例の高校生は通りの向こうから交番を一瞥し、すぐに立ち去って行った。
 その彼の後姿を見送るように目で追いながら、茜は頬を膨らませた。

「確かにねー、瑞枝先輩は美人のお姉さまタイプですよ。それに…」
「―それに?」
「胸もある!」
「……」
「どーせですね、私はですね…こんなのですよ、こんなの!」

 そう言いながら、茜は制服の上から両手で自分の胸をパンパンと叩いた。

「なぜかココだけ、第一次性徴から変化してませんよ、私は…」
「……」
「でも、仕方ないですよ!だって、小さい頃から牛乳が大嫌いだったんですもん!」
「…いや、そういう問題じゃないんだってば」
「ん?何の話でしたっけ?」
「交番を毎日見ている高校生の話」
「瑞枝先輩狙い…のでしょう」
「ん、瑞枝狙い…か。―まぁ、確かにね…」
「何が気になるんですか?―あんなお子ちゃまの」
「茜は心配じゃないの?」
「心配って…何がですか?」
「いや…まぁ、その…」

 と、言いにくそうに慶子が話すのを、茜はキョトンとした顔で聞いている。

「万が一…そう、万が一よ、瑞枝があのコによろめいたら…」
「えー!それはないですよ、絶対!」
「どうして?」
「だってー、あんな小僧が百戦錬磨っぽい瑞枝先輩のお眼がねにかなうわけないですよ」
「そうかしら…」
「そうですよぅ、絶対!」
「でもね…瑞枝って、こと恋愛に関しては…危ない橋を選んで渡るタイプのような気がするのよ…」
「まぁ、確かに…。でも、そこが百戦錬磨の風格なんじゃないですか」
「うーん、それもそうね。私、あの高校生が、瑞枝にとって最も危険な恋愛対象のような気がしたのよ…考えすぎかしらね」

 慶子は微笑んだ。

「禁断の恋愛に溺れるとね、まずいなってさ。―考えすぎよね」
「き・禁断の恋愛…溺れる…」

 笑いながら慶子が口にした言葉を聞いたとたんに、茜の心の中で、演歌「越冬つばめ」のサビが流れはじめた。

 ひゅーるりー、ひゅーるりららー。

 そして、その歌をBGMにして、小雪舞う海沿いを走る夜汽車の光景が浮かんだ。その海は日本海だと、茜には、なぜかハッキリとわかる。
 夜汽車の座席には、婦警制服の瑞枝と学生服を着た男子高校生が向かい合わせに座っている。高校生は掌で露に曇った窓ガラスを拭う。暗く重い灰色の世界に散る雪の白が儚く、そして、美しい。
 瑞枝は、赤色の細長いネットからミカンをひとつ取り、無言でオレンジ色の皮をむく。そして、小さな一房から、細い指先で白い繊維状の筋を丁寧に取り除く。その気配に気が付いたのか、高校生は車窓から座席の瑞枝に視線を移す。瑞枝は彼にミカンの実を一房、そっと渡す。
 ふたりは互いに微笑みあう。―が、その笑みには、深い悲しみの翳りが宿っている。
 冬の夜空に、ピィーと汽笛が鳴った。

「ひゅーるりー・ひゅーるりららぁー。やばいやばいやばい!やばいですよ!」
「あ・茜…どうしたのよ、突然」
「禁断の愛ですよ!逃避行ですよ!」

 そう慶子に答えた茜の頭の中では、新聞がクルクルと回転していた。回る新聞がピタリと止まると、その見出しがアップになった。

 ―現職婦人警官の禁断の愛?勤務中に男子高校生を連れたまま行方不明!

「ぬぉぉぉぉぉ」

 あまりにも大きな驚愕に、茜は思わず喉の奥で唸っていた。
 唸る茜の額を慶子は指先でツンと小突いた。

「茜。―あなた、一体、何を想像してるのよ!」
「ハッ!」

 やっと茜は我に返った。

「やれやれ…」

 慶子はため息をひとつ吐いて、弱々しく笑った。
 そして、こう言った。

「でもね、こと恋愛…恋愛沙汰に関しては、茜…あなたより年上の瑞枝の方が危うく思えることがあるわ」
「へ?」
「なんて言うのかな…匂い…そう、匂いよ」
「は、はぁ」
「―危険な香りって言うじゃない…。女の私から見ると…瑞枝は、そういう危険な香りがする女、なのよ」


金曜日

 交番の時計が16時を回った。
 瑞枝を前に、茜はチラチラと表を気にしはじめる。
 ―確かに相手は高校生の小僧だ。でも、だから危ない。堕ちる所まで堕ちるには「格好」の素材ではないか。

「アラ、茜、何、そわそわしてるの?―ふふっ、もしや、この間の高校生?」

 そして、茜の心配をよそに笑いながら話しつづける。

「ダメよぅ、うぶな男の子をからかっちゃぁ」
「あっ、ぃや、その…あの…」

 戸惑う茜の様子に、瑞枝の笑顔が凍りついた。

「―ちょ、ちょっと茜!あなた、本気なんじゃないでしょうねぇ、その慌てぶり…」
「いいえいいえいいえっ!違います違います違いますっ!」
「ダメよ!変な事を考えちゃ!」

 瑞枝は茜にキッパリと言い切った。

「考えてません!考えていませんってばっ!」
「本当?」
「ホントですってばぁ…勘弁してくださいよう」

 ―もぅ!本当は瑞枝先輩の事を心配しているんですってば!
 しかし、まだ、何も知らない瑞枝は、必死になった茜の顔を見て深呼吸をして、ポツリと言った。

「ねぇ、茜、誰にも言わない?」
「へ?」
「これから、私が茜に話す事、誰にも言わない?」
「は…はぁ…言うなというなら、言いませんけど」
「あのね、私が年下の男の子と恋愛をして痛い目にあった話なんだけどね…」
「はい…」

 瑞枝が茜に話したのはこんな内容だった。

 学生時代、瑞枝はふたつ年下の後輩と交際していた。大学を卒業し瑞枝が就職しても交際は続いた。
 しばらくすると、会う度に、まだ学生の彼は、口癖のように「瑞枝はどんどんキレイになっていくね」と言うようになった。―その時は、私も若かったから、そう言われて、悪い気はしなかったのよ、と瑞枝は自嘲気味に微笑んだ。―仕事をはじめて、メイクのやり方も覚えた頃だったから、彼から見ると『そういうものかな』って感じだった…正直。

 そして、また深呼吸をひとつした。

「―どんどんキレイになっていくって言葉がさ、二人の距離がどんどん遠くなっていく…って意味だなんて思う事ができなかったのよ」
「ぁ、はい…なるほど」
「ちょうどさ、仕事のことで頭がいっぱいの頃で…会う頻度も、一週間に一度が十日に一度…二週間、一ヶ月…って具合になっていってさ」
「あー、なんか、わかります…」
「ある日さ、彼の部屋でさ…」
「え?そういう状態なのに、彼の部屋に行ったんですか?」
「―ん、そうよ。…だってさ」

 少し言いにくそうに瑞枝は苦い顔になって笑った。

「だって、彼の事を嫌いになった訳じゃないんだもの…って言うか、ずっと、好きだったのよ」

 瑞枝にとって、久しぶりに彼の部屋で過ごす二人の時間は楽しかった。だから、色々な話を彼にした。自分がその時一番楽しいと思っていた事を、たくさん、たくさん、彼に話した。

「でもね…」
「はい」
「私がした『楽しい話』は、全部…仕事の話ばかりだったんだよね」
「あらら…」

 瑞枝は俯いていた。俯いたまま茜に話しつづけた。

「突然、彼が立ち上がってさ…すぐそばのキッチンに駆けていってさ…」
「はい」
「―包丁持って『もういい!』って大声で叫んだのよ」
「げ!」
「そして彼はね、ガスコンロの裏からガス管を引き出して…包丁でそれを切ってさ…持ってるガス管を咥えちゃったのよ」
「うげげ!」

 こっ・こりゃぁ「ひゅーるりー」どころじゃないぞ!

「だからさ、茜…」
「はい」
「年下の男には気をつけなさいね」
「は…はぁ…」

 え?それが結論ですか?
 ―なんか、つづきがスッゴイ気になる終わり方なんですけど…。でも、ある意味、つづきを聞くのが怖い…。
 と、その時、表通りを見て瑞枝が言った。

「あ、ホラ、茜、今日も来たわよ…彼」
「!」

 しかし、茜の頭の中にはガス管を咥えた高校生の姿が浮かんでしまっていて、どうしても表通りを見れなかった。

「ん?アレ?―ねぇねぇ見て」瑞枝が意外そうな声で言った。「彼女連れじゃないの、今日は…」
「へ?」

 その言葉に茜は表通りに視線を移した。
 制服姿の高校生のカップルが幸せそうに歩いている。―確かに男性はいつもの高校生だった。

「???」

 茜の頭の中に疑問符が幾つも湧いた。
 相手の女子高生は、瑞枝には全く似ていない。―交番の四人の婦警の誰にも似ていないタイプだった。
 一見は…。
 しかし、瑞枝が漏らした一言で茜の「?」は「!」になった。

「しっかし、今のコは大胆よねぇ…見てよ、あの手の繋ぎ方…」

 その女子高生は両腕を男子高校生の腕に巻きつけるようにして、その豊かな胸を彼の二の腕に押し付けていた。
 茜は思わず小さく呟いた。

「う!胸…大きい」
「あはは…そうねぇ。成長、著しいわねぇ…負けそう」

 瑞枝は笑って言ったが、茜は笑えなかった。笑えないどころか、はらわたが煮えくり返っていた。
 ―おっぱいか…結局は、おっぱいだったのか!お前が瑞枝先輩をジッと見ていたのは、先輩が、交番ボッキュッボン・ナンバーワンだからか!むっきーっ!最終的におっぱいな男は日本海の荒波にのまれてしまえ!

「残念だったね、茜」

 瑞枝が笑ってそう言った。

「結構、いい男だったのにね」
「―ど・どぉーこが『いい男』なもんですか!」
「あらあらあら、何そんなに怒ってるのよ…まさか、ホントに少し本気だったの…あなた」
「うー、違う違う違う、違いますぅ、もう!」

 と、必死で否定しながらも、茜は思う。―でも、これで結局はよかったのかな?禁断の愛の逃避行もガス管もなくなったわけだから…ハッピーエンドかしら?
 ―ん?ガス管?

「ところで瑞枝先輩…」
「ん?なぁに?」
「あの…さっきの話ですけど…だ・大丈夫だったんですか、あのガス管の時…」
「―あぁ、アレね…」

 瑞枝はクスクスと笑った。

「今、思うと笑っちゃうんだけどね…あの時は、彼もパニックだったんだろうなぁ…」
「へ?」
「彼が咥えたガス管はね…元栓と繋がってる方じゃなくって、コンロと繋がってる方だったのよ…しかも、元栓、閉まってたし…」
「……」
「それ指摘したら…すっごく気まずい空気になっちゃってさ…まぁ、なんて言うのかしら…彼のテンション下がっちゃって、なんとか事なきを得たっていうかさ…」
「…」

 ―うー、そういうオチですか…そうですか…。でも、さすが冷静だ…百戦錬磨だ…胸の大きさごときで熱くなっちゃった自分が恥ずかしいよ…。


土曜日

 夜が明けて朝がやってきた。
 茜は、勤務を終えて部屋に戻る途中にあるスーパーマーケットに寄った。レジに並んでいると、背中で声がした。

「おはよう!―お疲れ様」

 オフタイムの由香がラフなスタイルで立っていた。

「ちゃんと栄養取らなきゃダメよぅ」

 そう言って、由香は、茜の朝食兼昼食用の軽食が入った買い物カゴをのぞき込んだ。

「ん?あれ?―茜、あなた確か…」

 由香が首を傾げたのも無理はない。
 そのカゴの中には、なぜか茜が大嫌いなはずの牛乳の1リットルパックが入っていたのだ。


  -おしまい-




2006/11/20

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