官 
  Honky Tonk Policewomen


第005楽章 最悪のクリスマスプレゼント

「あー、なんでイブの夜が勤務になっちゃうかなぁ…」と、給湯室で愚痴をこぼしながらコーヒーを淹れていた茜の耳に、バタン・ガチャリと交番の扉が閉まる音が聞こえた。

「おかえりなさい、早かったですねー。コーヒー、も少し待ってて下さいね」

 茜は、入口に向かって声を掛けた…が、返事はない。

「あら?瑞枝先輩…じゃないのかな」と思った茜は少々焦りながらケトルの中に残った湯をドリッパーにドボドボと慌てて流し込んだ。

 今聞こえたドアの音は、ほんの先ほど夜食を買いに出た瑞枝が戻った音かと思ったのだが、それにしては余りにも早すぎる。しかも誰の返事もない。そこでやっと茜は、もしや一般人が交番に訪れたのでは、と思い至ったのだった。

「すみませーん、お待たせして申し訳ありませんでした…何でしょうかー」

 茜はそう言いながら笑顔で給湯室から交番内へと戻ってきた。
 だが、交番の中には誰もいない。

「あら?」

 と、拍子抜けした茜は無人の交番を見回した。そんな茜の目に、訪問者と交番内部を分割するように配置されたカウンターの上にある箱状の包みが飛び込んできた。
 一辺が20cmほどの立方体のその箱は赤い包装紙と緑色のリボンで美しく飾られていた。

「ぬぉー!来たーッ!」

 たった一人の交番の中で、茜は思わず叫んだ。そして、早足で交番のドアへと向かい、コンビニの方向を見た。

「み・ず・え・せんぱぁい…」

 申し訳程度の小声で、夜道に向かってそう言った。―もちろん反応はない。

「ぅえっへっへっへっへ」

 茜は笑いながらカウンター上のリボンで飾られた包みを見た。

「―だよね、だよね、そうだよね。クリスマス返上で勤務してるんだからこういう事もあっていいんだよね、えへへへへへ」

 そう言いながら茜はカウンターにある箱の包みを開き始めた。

「商店街の人たちからかなー?近所の住民からかなー?もしかして私の個人的なファンがいたりして…むふふふふ」

 そう言いながら、バリバリと音を立てて包みを開けた茜の眼に、赤く光るデジタル数字が飛び込んできた。

 ―00:02:57―

「なぁんだー、時計かぁー。あー、もう、0時まわっちゃってるよ。いつの間にやら交番でクリスマスかぁ…はぁぁぁぁ」

 そう溜息を吐きながら茜は自分の腕時計を見た。

「あれ?」

 茜の腕時計が示しているのは、クリスマス前夜―イブの時刻だ。
 ―23:57:14―
 茜は包みの中の時計を見た。
 ―00:02:42―

「ありゃりゃ?」

 茜は、今、気がついた。
 包みの中の時計は、時間が進まないで戻ってるよ、と。

 ―00:02:31―
 ―00:02:30―
 ―00:02:29―
 ―00:02:28―

 茜は再度、自分の腕時計を見た。

 ―23:57:36―
 ―23:57:37―
 ―23:57:38―
 ―23:57:39―

 そして理解した。この包みの中の時計はクリスマスイブから25日当日へのカウントダウンだ!
 ―むっふっふ…粋な贈り物する人がいるねー!
 そう思い感心していると交番に置いてある無線機がノイズとともに、突然、喋り出した。

「―緊急!緊急!本部より全所轄!―最優先事項、最優先事項!―現在、本庁宛に脅迫事案が発生!全国の警察施設を標的とした爆発物によるテロの犯行予告声明。―現時点において、全国六箇所でクリスマスプレゼントに偽装した爆発物を確認。各所轄にあっては厳重に注意すべし…。繰り返す。―最優先事項!―現在、本庁宛に…」

 ―無線通信が終わらぬうちに交番の電話がジリジリジリと鳴った。受話器を取った茜に地域課々長の声が怒鳴るように言った。

「あ・茜か!茜ちゃんか!―無事か、無事なんだな!」

 課長の声は上ずっていた。

「あのな、今、広域無線で聞いたと思うが、交番に不審物があっても開けるなよ!」
「…う…ぅぅ」
「―開けたら…もしも、開けたら…三分後にドカンだとよ!―今、他県で二箇所に被害があったらしい…。他にも何件かは対処中だという話だ」
「…ぁ…ぁ…ぁけちゃいました…私」
「ぇ?」
「開けちゃいましたよぅ!クリスマスプレゼントかと思って!」

 茜は開けた包みの中の時計を見た。

 ―00:02:01―
 ―00:02:00―
 ―00:01:59―

「ぎえぇぇー!―とっ時計の数字…もぅ、2分切っちゃってますぅ!」
「は…はぁぁぁ?―そっ・そこにも…そこにも爆弾があるのか!」
「これが爆弾かどうかわかりません!―でも、時計が進まないで、カウントダウンしてるんですよぅ!」

 ―00:01:52―
 ―00:01:51―
 ―00:01:50―

「ぁ・あっ…茜ちゃん、に・逃げろ!…ん、ぃゃ…退避だ…退避。松井巡査…速やかに、交番から退避しなさい」

 地域課々長が電話の向こうでしどろもどろになりつつ言った。

 ―00:01:44―
 ―00:01:43―
 ―00:01:42―

「たっ他県の被害状況はどうなんですか!このタイマーを止める方法とか…」
「…いいから!そんな事はいいから、逃げろ!―ぃゃ…た・退避だ!―被害の公式発表はまだ出てない!」
「だって…」

 ―00:01:36―
 ―00:01:35―
 ―00:01:34―

「―公式発表が出る前に、他に5箇所、交番が爆破されたって非公式情報も入ってきてるんだよ!―だから、今すぐ交番から出ろ!」

 ―00:01:28―
 ―00:01:27―
 ―00:01:26―

「ふ・付近住民の…若宮三丁目の住民の避難はどうするんですか?」
「―バカ!そんな時間ないだろうが!―それにパニックになったらどうする!」
「…バカぁ?…今、私にバカって言いました?」

 ―00:01:12―
 ―00:01:11―
 ―00:01:10―
 ―00:01:09―

「ぅぉおー!―いっ言ってない言ってない!言葉のアヤだよアヤ…。だから、そこから退避しなさいって!」
「で…でも、周辺への被害状況が不明なのに、自分だけが何もしないまま、ここから逃げるわけにはいきません!」
「なっ…なにぃ!」

 ―00:01:02―
 ―00:01:01―
 ―00:01:00―
 ―00:00:59―

「なっ・なんとか、爆発を食い止めるよう、最後の最後まで努めてみます!」

 ガチャッ―と、茜は、課長の返事を待たずに受話器を叩きつけるようにして電話を切った。

 ―00:00:56―
 ―00:00:55―
 ―00:00:54―

 茜は箱からそのデジタル表示の時計部分を静かに持ち上げた。複数のコードを通してタイマーはその下の装置に繋がっている。

 ―00:00:48―
 ―00:00:47―
 ―00:00:46―

 また無線機が怒鳴った。
 しかし、今度は本部からの広域系無線ではなく、東警察署からの署活系無線だった。
 スピーカーから地域課々長の大声が響いた。

「東署から若宮三…東署から若宮三!―茜!逃げろ!交番から離れろ!―こ・これは命令だ!」
「―じ…時限装置を爆発物本体から分離。―しっ・しかしながら、まだ接続解除には至っていません」

 茜は無線の送信機に向かって努めて冷静な口調で言った。

「なっ…なにおぅ!」

 ―00:00:41―
 ―00:00:40―
 ―00:00:39―

「ちきしょう!わかった!すっ・好きにしろ!―時限装置は起爆装置に繋がってるはずだ…そして、起爆装置の先が爆発物本体だ…わかるか!」
「―は…ハイ!」
「起爆装置と爆弾本体を繋いでる線があるだろう!」
「―は…ハイ!」
「理屈じゃぁ、その線を切ればいいはずなんだよ!」
「―は…ハイ!」
「起爆装置と爆弾は、二本のコードで繋がってるはずだ!」
「か・確認します」
「いいか、おそらく赤と青のコードがあって、どちらかが本物で一方はダミーだ!」

 ―00:00:32―
 ―00:00:31―
 ―00:00:30―
 ―00:00:29―

「赤か青か!確率はフィフティ・フィフティ!―どちらかを切るんだ!―それは松井茜巡査、君に任せる!」
「―ん…ぇとぉ…」
「あぁ?なんだぁ?どーしたぁ?」

 ―00:00:23―
 ―00:00:22―
 ―00:00:21―

「あっ…赤いコードと青いコード…」
「そうだ!そのどちらかを…」
「…と黄色のコードと緑のコードとオレンジのコードと空色のコードと紫のコードと、そして白いコードと黒いコードが繋がってますけど…」

 ―00:00:15―
 ―00:00:14―

「へ?―あ・赤と青、二本というのは、映画の中だけか?」

 ―00:00:12―
 ―00:00:11―
 ―00:00:10―

「ど・ど・どれか切れ!一本が本物で他はダミーだ!ダミーを切るなよ!」

 ―00:00:09―

「そ・そんなぁ」
「切れっ!どれでもいいから!」

 ―00:00:07―

「ぬぉぉぉ!考えるの…めんどくさい!」

 ―00:00:05―

「ぉい!茜…くん?」

 ―00:00:03―

 ガチャッ!

 ―00:00:02―

 バキューン!

 ―00:00:00―

「…あ・茜…クン…松井…巡査?―どうした?―いっ今の音は何だ?」
「うー。め・面倒だから…拳銃でコードまとめて切っちゃいました…」
「―ぶ・無事か、無事なのか?」

 タイマーの数字は0時を越えても「00:00:00」のままで停止している。

「爆発させるためのコードが切れてればいいわけですよね…ダミーのコードが切れちゃっても…」
「―う…ぁあ、そ・そうなのか…ぅうん…理屈じゃぁ…そうだよなぁ…」

 無線機の向こうで課長が唸った。そして、言った。

「―ん、ぃゃ…松井茜巡査…よくやった…本当にご苦労だった。今回の件を今から本部に報告する。あと、爆発物処理班もそちらに向かわせるから現場の保存をよろしく頼む…ぃゃ…参ったな…」

 無線機から聞こえる課長の話を茜は肩で大きく息をしながら聞いていた。ほっと一安心したものの、いまだ心臓はドキドキドキと早鐘の如く大きく鳴りつづけている。

 と、その時、パァァァァンと大きな破裂音がした。

「メリー・クリスマース!」

 買い物から交番に戻った瑞枝が、茜に向けてクラッカーを鳴らしたのだった。

「あら?」

 瑞枝は、顔面蒼白でわなわなと震えながら怒りの形相でこちらを睨むという茜のリアクションを想像もしていなかったので、たいへん戸惑ったが、事情を知って、深く深く反省をした。
 さらに、その後、クラッカーの音を聞いた地域課々長が無線機の向こう側で泡を吹いて気絶してしまったと聞いて、もっともっと深く反省したのだった。

 だってしょうがないじゃない、クリスマスなんだもの―と、ちょっぴり思いながら。


  ―おしまい―




2006/12/24

TOP     story     index page