婦人警官 屈辱 |
part 06 |
襟元のクラブヘッドが捻りを加えるにつれ、岬の喉元が次第に圧迫されていく。 間もなく喉を締め付ける痛みが薄れてきた。それは、喉元で感じていた痛みが頭の芯に移動したためだ。その痛みは痛感を伴わない痛みで、却って痛みの感覚さえもが消失していく痛みだった。 視界が白くなった気がした。茫とした感覚が岬を包む。 どっ。 突然の落下感があった。 今まで、後頭部と膝頭で全身を支えていたブリッジの体勢は崩れた。 岬の背中が、手錠とロープで拘束された手足を挟んで床に触れている。 「ゲッ!ゲホッ!」 首筋の緊張が緩んだせいで岬は激しく咳込んだ。喉の奥が喘息の症状を思わせるように鳴いていた。 第一ボタンから第三ボタンまでが鮫島のゴルフクラブによって外されたが、先程まで襟元の部分を強く引っ張られていたためか、シャツの合わせは大きく開くことなく、その細い隙間からわずかに岬の下着を覗かせているだけだった。 三番アイアンのヘッドには、ネクタイの結び目が辛うじて引っ掛かっていた。鮫島がクラブシャフトをゆっくりと引き上げれば、それにつれて、ネクタイの結び目は徐々に緩むだろう。―が、鮫島は、岬のネクタイをほどく前に、クラブヘッドの標的をワイシャツの内側にある白いスリップへと移動させた。 クラブの先がシャツの胸元を開き、スリップの肩紐に触れた。 ぴく、と岬の肩が小さく震える。 その震えは、恐怖の戦慄なのか、金属製クラブヘッドの冷たさによる条件反射なのか―それを冷静に考える余裕は、今の岬にはない。 スリップの肩紐は、その下にあるブラジャーの肩紐と重なるようにある。鮫島は、クラブの先端を細かく動かしながら、ようやくスリップのそれだけをヘッドの部分に引っ掛けた。 「慌てずに…ゆっくりとな。死ぬ前に、じわじわと嬲られる屈辱を、周りからエリートと言われつづけてきたお前に教えてやる。」 「けだもの!」 その言葉が、思わず岬の口をついて出た。―だが、と彼女は思う。「まわりからエリートと言われつづけてきた」のは、黒い噂が耐えなかったとはいえ、当の鮫島本人にも当てはまるのではないか。しかも、女である岬以上に、そして恐らく、彼に付きまとう黒い噂があればこそ、却って、この県警では最も将来を有望視され、事実、トップにいちばん近い場所にいる一人とまで噂されているはずだ。 その鮫島が、悪びれた風もなく岬に言葉を返す。 「ふふ。けだもの、か。―そうだな。そうかもしれんなぁ。だが、今の俺には、その言葉が誉め言葉に聞こえてしまうよ。」 スリップの左の紐が岬の肩を抜けた。 「そうやって、お前はいつも俺を見ていたよなぁ…。そして…。」 鮫島の言葉が一瞬途切れた。回転の速いその明晰な頭脳で何かを考え込んでいる風に見えた。岬は、そんな彼の様子を怒りの目で凝視している。 ほどなく、鮫島が途切れた言葉のつづきを話し始めた。 「そして、お前は、自分自身の正義を貫きながら、警察官として、上に登ってきた…。」 そう言われても岬は彼の話す言葉の意味を把握できないでいた。 「きっと、自分は俺とは違うと思いつづけて…そうやって、登ってきたんだろう。」 クラブヘッドが、今度は、ブラジャーの左肩紐を捕えた。 「だが、こう見えても、俺は俺自身の正義を貫いているんだぜ。」 三番アイアンが肩紐をずらすにつれて、胸を包むカップから少しずつ岬の乳房が現れてくる。鮫島の顔には、相変わらずの無表情な笑いが貼り付いている。その鮫島の言葉は、岬に、露わになりつつある自分の胸のことを忘れさせていた。彼が岬に何を言わんとしているのかを測りかねていた。 一瞬、彼は唇を動かして笑顔を作った。だが、笑みから漏れた声は笑い声というよりため息だった。その笑顔には諦めと悲しみが漂っているように、岬には見えた。 「まぁ、そんな事はどうでもいいか…。な。」 その言葉を発すると同時に、彼の顔は冷血動物の笑顔に戻った。そして、岬も我に返る。ブラジャーのカップから、いつのまにか乳首が露出していた。岬の身体がわずかに硬直する。 「岬。すまないが、君の私物を調べさせてもらった。」 そう言って彼はクラブから離した右手を横に差し出した。その手が出るのを待っていたかのように、背後の警察官の一人が鮫島の掌に、女子ロッカールームにあるはずの岬のバッグの紐を掛けた。そして、鮫島の左手に握られた三番アイアンを、恭しげに両手で受け取った。 「女のバッグの中身と言うのは面白いなぁ…えぇ、岬よ。」 鮫島の手が、バッグの中を探り何かを取り出す。それは、一見、乳児用の哺乳瓶のように見えた。だが、その瓶の上部には、漏斗状の透明なプラスティック部品が付き、その反対側にはポンプのような器具があった。 それは乳児を持つ母親が使用する母乳の搾乳器だった。 -つづく- |
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