婦人官 屈
  part 10


 春日署々長の生温かい舌が、てらてらと光る唾液の軌跡を残しながら、岬の顔面を這う。粘り気のある濃い唾液で彼女の顔を汚したその舌は、遂に岬の唇の上に重なり、そこで移動をやめた。そして、舌の先端は彼女の上下の唇の間に突き立てられ、強い力でそこを裂いて割り込んできた。

「ぐ…」

 岬は必死に歯を食いしばり、署長の舌のそれ以上の侵入を拒む。侵入を拒まれた舌は、岬の唇と歯・歯茎との間の狭い空間を何度も掻き回すように往復した。その動きはその先への進行を試行錯誤しているようでもあり、また、その場所の中を這い回る事を楽しんでいるかのようでもあった。
 しばらくすると、岬の舌に絡みつくのを諦めたのか、それとも、美しく整った彼女の歯並びを堪能し終えたのか、その軟体の動きが止まり、ゆっくりと元の位置に戻り始めた。
 春日署々長の舌が彼の口中に収まるにつれ、岬の唇は強い力で吸引されはじめる。

「ん!」

 岬が喉の奥であげた驚愕と抵抗の短い叫びは、密着したふたつの唇と、その間にある署長の唾液とが立てる、小動物の鳴き声にも似た甲高い音に消されてしまう。
 岬は狼狽しながらも小さく後悔していた。

 ―署長の舌を噛んでやればよかった。

 だが、今さら自分の唇を開き彼の舌を再び受け入れようとする勇気が湧いてこなかった。いや、その勇気を振り絞る余裕がなかった。岬は吸引による唇の痛みと同時に、彼女の太腿を鷲掴みするように握りながら、ゆっくりと股間に近づいていく署長の右手の感触に気が付いた。
 その右手は、既に手首の部分で岬のスカートとスリップを下着が見える位置にまで大きく捲り上げている。
 岬の太腿の付け根に達した署長の指先はストッキングの上に履いた白いショートガードルの裾に届き、伸縮性のある生地の下へと伸びていく。

「ん!ぅんーん!」

 岬は大きく首を振るものの、彼女の唇に強い力で吸いついた署長の顔を引き剥がす事ができない。
 ガードルの下に挿し入れられた署長の指はストッキングの上から、その下にあるショーツの生地と腿との境目のラインを確かめるようになぞっている。その指は次第に体の表側から性器へと回り込むように向かってゆき、肌着の端から中央部分へとその位置を移した。
 署長の唇が岬の唇から離れた。

「岬クン、考え直す気はないか?」

 署長が岬に問う。
 そう問いながらガードルの下にもぐった彼の指先は、ストッキングの上から岬の性器のなだらかな膨らみを繰り返し押しつづけていた。その指の動きは、女性器を弄ぶというよりも、強制的に、質問の答となる選択肢の片方を答えるよう、岬に促しているようだった。
 岬は、長い時間、唇を吸われつづけたため、肩で息をしながら、質問の主である春日署々長をじっと見ている。

「諦めが悪いな、岬よぉ。」

 どこからか鮫島の声がした。

「どっちにしろお前はヤラれる運命だ。利巧なお前のことだ、あとは死ぬか生きるかを選ぶだけだと解らんわけではないだろう。」

 煙草の香りが漂ってきた。鮫島が二本目に火を点けたのだろう。その香りとともに鮫島がため息をつくような音が聞こえたが、それは彼が、深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出しただけなのかもしれない。

「―俺ならば、誇り高い死を選ぶより、汚れた生を選ぶがね…。死んだら元も子もないじゃないか。正直、俺は、お前の事を、殺すには実に惜しい存在だと思ってんだぜ。―本当のトコ、お前の事、買ってんだぜ、この俺がさぁ…そこんトコ、わかってくんねぇかなぁ、岬よぉ。」

 そして鮫島の軽い笑い声。そして深呼吸の音と、再び煙草の香り。
 岬は、署長から目をそらし、鮫島のいる方向を見る。しかし彼の姿は岬の視界には入らない。それでも岬は意を決したように言った。

「私が…私が、あなたたちの仲間になれば…恵も…鳥越巡査も助かるの?」

 だが、返って来た答は岬の期待通りではなかった。

「―いや、彼女には可哀相だが死んでもらう。偶然とはいえ踏み込んじゃならない所に踏み込んだんだからな。使えねぇヤツは必要じゃない。邪魔になるだけだ。―あの宝石店の事は、噂でお前も耳にした事はあるとは思うが…」
「噂は…本当…だったのね…ひどい…」
「―ひどい、か。ふふふふふ。確かにひどいよなぁ。宝石密売を見逃した上に、外国人犯罪者に甘い汁を吸わせてもらってきたんだからなぁ。ふふふふふふふ。」

 鮫島の笑い声が、微かな灯りしかない署長室の暗がりに響いた。

「でもなぁ、やつらを捕まえたらどうなると思う?―やつらの資金源を潰したらどうなると思う?」

 鮫島のその言葉につづけるように春日署々長が、その息を岬の鼻先に吐き掛けるように囁く。

「君も知っているだろう。春日署管内は外国人人口の割りには、その犯罪発生件数が群を抜いて低い。」
「やつらが大人しくしてるのは、金のために市民に刃物を向ける必要がないからだろ。」

 煙草の香りが強くなった。その事に岬が気がついた時、鮫島は彼女の傍らにしゃがみこみ、顔を近づけて笑っていた。

「―言ったじゃないか。それが俺自身の正義だ。警察官の正義だけじゃ守れないものが、この世には、たくさんある。」
「き、詭弁よ!」
「―うん。その通りだな。詭弁だ。」

 鮫島は岬の叫びを聞いて寂しい目になって笑って言った。

「今のお前の世界では、確かに詭弁だ。」

 そして彼は煙草を深く吸い、岬に向かって大きく息を吐く。常に煙草の匂いは岬にとって激しく不快だった。鮫島の口元から吐き出される煙の匂いは日常感じる以上に岬を不快にし、吐き気さえ催させた。

「お前も汚れきってしまえば、それを詭弁に思わなくなるかもしれない。」

 そう言って、鮫島は署長に顔を向けた。鮫島と目を合わせた春日署々長は岬の顔を威圧的に覗き込んで、にたりと笑った。
 ショートガードルの内側にある署長の指先がカギ状に曲がった。

 プッ!プツツツツ…

 パンティストッキング中央が裂ける音が聞こえはじめる。


  -つづく-


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