婦人警官 屈辱 |
part 12 |
岬は、鮫島の持つバイブレータを凝視しながら先ほどの彼の言葉を心の中で反芻していた。 「心も身体もボロボロになってお前は死んでいくんだ。―だから、せめて…」 ―彼はそう言った。 「だから、せめて、お前の痛みを減らしたい。」 ―せめて… 岬は、その語感に、鮫島の自分に対する何か特別な感情を微かに感じた。しかし、それが誤解であり、そして自惚れである可能性も否定できないでいた。自分の生に対する一縷の望みが、鮫島の言葉に対して、そのような錯覚を生じさせているのかもしれない。 彼は単に「使える」道具としてしか岬のことを受け取っていない可能性もある。いや、その可能性の方が大きいし、また、それが最も彼らしい姿だ。だが、優しさすら感じさせる先ほどの言葉は、鮫島の性格との間に大きな違和感がある。 いや、だからこそ、ただ道具として、私を生かすための罠なのか? 逡巡―そして、岬は賭けに出た。 「そう思うなら…私の痛みを減らしたいと思うなら…」 「ん?」 「手錠とロープを先に外して…」 「クッ…」 岬の言葉を聞いた鮫島は喉の奥を鳴らして笑った。まるで腹の中から込上げてくる笑いを抑えているようだった。 「ククク…そうだな、岬。俺としたことが…ふふふ。いや、お前の言うとおりだ。」 鮫島はそう言いながら署長を一瞥する。岬の両脚を肩で支えながら彼女の臀部をまさぐっていた春日署々長は鮫島に目を向け、彼に問いかける。 「―いいのか?お前さえ構わんのなら私もそうした方が楽なのだがな。だが…」 「はい。」 「彼女も馬鹿ではなかろう…何か考えがあってそう言っているのではないのか?」 署長のその言葉に鮫島は軽く笑って返事をした。 「ふふふ。おっしゃる事はごもっともです。ですが、私は岬クンの精一杯の抵抗というのにも興味がありましてね。それに…」 「それに?」 鮫島は、署長の質問には即答せず、岬の方を向き、彼女の目の前に差し出したバイブレータをゆっくりと左右に揺らしながら話しはじめた。 「これまで、我々は、お互いに意地を張り合ってきたと思う。―だよな、岬。お前は生安で俺の下に付いていた時も、ずっとずっと俺のやり方に反発を感じていただろう。」 彼はそう言いながら手にしたバイブレータの先端で岬の頬を軽く数回叩いた。 「そして、俺とは違うやり方で実績を積んでいったよなぁ…。今、思い出しても、さすがだと思うよ。この俺が、いささか嫉妬した。だから…」 「だから?」 「この辺で、ふたり歩み寄るのもいいんじゃないか。」 「?」 「ロープを解けば、お前は…」 バイブレータが、さらに岬の顔に近づけられた。 「お前は、こいつを咥えるんだろう。―俺には、そういう意味に聞こえたぜ、岬。」 「そ、それとこれとは…」 岬がその台詞を言い切る前に、鮫島は自分の言葉でそれを遮った。 「違わないよ、岬。お前も望むとおりになる。俺も望むとおりになる。ことは単純明快だ。」 コトリ、と鮫島がバイブレータを床に置く音がした。つづいて手錠とロープで拘束され背中に回されている岬の手首と足首に、彼の手が触れる。ロープが解かれていく感覚があった。 「まず、俺がお前の望みを叶える。」 岬は次第に足首が軽くなるのを感じる。そして突然の解放感が訪れた。岬の両脚が弾けるように天を向く。じん、と軽い痺れが、一瞬のうちに、足首から爪先に向かって走り、そして去っていった。 「さて、どうする岬?ふふふふふ。」 訪れた解放感に浸る余裕のないほどに、岬の頭の中を様々な考えが巡る。それは自分が生き抜くためのあらゆる選択肢だった。また、それらの選択肢の一つ一つを実行してみた時に、成功が導かれる可能性の検証だった。 そして、岬はその中から選んだひとつの言葉を口にする。 「手錠も外して…」 自分でも馬鹿馬鹿しいと思った。鮫島の答の予想はついていた。 そして、予想は的中していた。床に置いたバイブレータを再び手に持った鮫島が言う。 「それは、お前が俺の望みを叶えてからだろう。」 彼の手からぶら下がり床に亀頭側を向けた桃色プラスティック製の擬似ペニスがゆっくりと岬の目の前で揺れる。 「死ぬ前に、お前には、もっともっと汚れて貰う。―俺がお前を殺す時に、躊躇と後悔をしないよう、とことん、な。」 目の前に揺れるバイブレータは、岬という魚の前に垂らされた、釣針の先にある餌のようだった。そして、岬は、まさしく、その餌を求める魚のように、細い首を静かに伸ばし、薄い唇を小さく開いて、目の前にあるピンク色の物体を口に含もうとしていた。 唇に無味無臭の物体が触れる感覚があった。 岬は自分自身の、その猥褻な行動が、先ほど、鮫島が口したように、自分の死を確実にするのか、それとも、ささやかな突破口となって死を避けるきっかけになるのか解からないでいた。 しかし、ただ一つだけ解かっていることがあった。 ―私と鮫島の駆け引きは、今、はじまったばかりだ。 -つづく- |
|