婦人官 屈
  part 13


「これでこちらも少しは楽になった。」

 春日署々長が岬の臀部から手を離し、ロープが解かれた彼女の両足首を持ち、床に下ろした。その両足首は中央に春日署々長を置くように「ハ」の字型に開いている。岬の両脚が開いた状態を維持するように、署長は彼の両膝を、岬の膝の裏側それぞれに重しのように乗せた。春日署々長の手は今度はスカートの中に入らず、岬の制服ジャケットの内側から彼女の腰を掴んだ。そして、腰の両側からベルト部分に沿って静かに移動しはじめ、彼女の腹部と床の隙間に入りバックルに到達した。

「!」

 カチャリ、とベルトのバックルを緩める小さな金属的響きを聞いた岬は、叫ぶように小さく口を開き、バイブレータからその唇を離した。

「気を散らせるな。集中しろ。」

 途端に鮫島が落ち着いた口調で岬に命じ、吊るしたバイブレータを左右に振った。ピンクの亀頭が岬の唇の両端を軽く打つ。彼女は再び命じられるままに唇を閉じ、プラスティック・ペニスの先端を口の中に含んだが、鮫島は不満そうな口ぶりで岬に話しかけてきた。

「岬、そんなものが俺の望みだとは思うなよ。」

 そして、その言葉と同時に岬の口の中にバイブレータが徐々に深く押し込まれてきた。鮫島の行動に岬は驚愕したが、その行為が静かに進行しているが故に、口の中に侵入しはじめた異物を拒絶する事ができなかった。もしも、一気に喉元まで亀頭部分が達するように挿入されていたなら、嗚咽とともに、そのプラスティックの物体を吐き出す事が出来ただろうに…。
 岬の舌の上を冷めた物体がゆっくりと通過していく。彼女は、バイブレータの表面に疣状の小さな突起が複数付いている事を、舌の感覚で、はじめて気が付いた。
 鼻と上唇の間に何かが触れた。
 ペニスの根元部分から十手のように分岐した小さなそれは、バイブレータが女性器に挿入された時にクリトリスを刺激するような位置に取り付けられていた。

「ここまで咥えて…」

 鮫島の声とともに、今度はバイブレータがゆっくりと引き抜かれ始め、先程まで岬がそれを口に含んでいた位置に来たところで止まった。

「ここまで戻す。」

 岬は、上体を反らせたまま、正面にある鮫島の顔を見た。彼は、子供のように無邪気な表情で微笑んでいた。そして笑みが残った口元を開き、さらに岬に話しかける。

「わかったか?先から奥まで、その往復の繰り返しだ。―俺に手間をかけさせるなよ、自分でやれ。」

 岬は、怒りの目で鮫島を見ながらも、背筋に軽く力を入れた。上半身を軽く反らせると、バイブレータの根元に唇が達した。力を緩めると亀頭部分まで唇は戻った。岬はあくまでも機械的にその小さな背筋運動を反復した。

 一方で、岬のベルトを緩めた春日署長の手は、スカート左側のホックを見つけ、それを外していた。さらにファスナーがジジジジジジ…と音を立て下ろされる。ジャケット下での目的を果たした署長の両手は再び岬の足首から太腿を撫でるように滑りながらスカートの中に入ってきた。
 署長の行動は、岬に一瞬の躊躇を生じさせたが、それは彼女の想定のうちでもあったため、今度は、プラスティック製の男根に対する唇の往復は止めなかった。その運動を止めることによって、鮫島が追い討ちをかけるように命令を下す方が、今の岬にとって、大きな嫌悪感があった。

「そうだ。休むなよ。」

 鮫島が満足そうな笑みで言う。
 スカートの中の署長の手は岬のヒップラインを這い、先ほど緩めたスカートのベルト部分の下を通過し、ストッキングの上に着けたショートガードルのウエスト部分を握る。その手は、そのまま再び、スカートの下、岬の腰を引き返すように戻っていく。

「ん、と。」

 ガードルを掴んだ手が、岬の下腹部の膨らみと床が接する部分を通る時に、署長は短い声を出した。小さな背筋運動に力を集中せざるを得ない岬の腹の下をショートガードルは難なく通り過ぎていった。つづいて太腿の付け根でその下着が裏返る感覚があった。
 署長は手にしたガードルを離したが、その補正下着の弾性ある繊維が、岬の腿の中央から膝にかけて内側へと締め付け、下半身の窮屈さは増した。

 春日署々長の動きに気を取られながらバイブレータへ唇での愛撫をつづけていたせいか、岬は、上半身を反らす角度がいつの間にか大きくなっていることに、今、気が付いた。  岬の正面にしゃがみこんでバイブレータを持つ鮫島の手は、最初、確か彼の膝の高さにあった。それが今、彼の肩の高さにある。岬自身が自分の上体の角度の変化を自覚したことが彼女の瞳の微かな変化となって現れたのだろうか、鮫島は唇の端を吊り上げて笑った。そして彼は、今度はあからさまにプラスティック製の陰茎を持ち上げはじめた。

「頑張れ、岬。―離すなよ。離した途端に、お前の努力が無駄になる。」

 バイブレータが引き上げられるにつれて、岬も身体を弓なりに曲げながら、その口先を亀頭部分から離すまいとしていた。その無機質のペニスに対する唇の往復運動を続けることは困難になっていたが、何か意地のような物があった。ここでバイブレータへの行為を中断する事は、鮫島が勝ち誇る事しか意味しない。
 ピンクの男根を吊る鮫島の手は、既に、彼の眼の高さにある。バイブレータへのフェラチオをつづける岬の上半身は、まるでストレッチを行うスポーツ選手のように大きくしなっていた。

 意図せぬ攻撃が突然岬を襲った。
 それは鮫島によるものではなかった。

 春日署々長の指先が、がら空きの岬の腹の両側から脇の下をスッと撫上げた。全身に電流が走った。

「ひぁっ!」

 岬の口から、短いが甲高い悲鳴が上がる。その小さな叫びは、驚愕した女のものであって、怒りのニュアンスは脱落していた。
 その悲鳴と同時にバイブレータの先端は、岬の口から、そして鮫島の手元からも離れ、床へと落下した。さらに、岬の上半身も、支えを失ったかのように、柔らかな臙脂色の絨毯の上へと、低い音を立てて着地した。
 岬の目の前には、自らの唾液でてらてらと光ったピンク色の陰茎が転がっている。
 その輪郭がじわりと滲んだ。岬の目から涙が一粒落ちた。絨毯に小さな小さな染みが出来、そして、すぐに消えた。

 その涙には怒りが込められていた。その怒りは他の誰に向けられたわけでもない。岬が、自分自身の情けなさに対して向けた深く大きな怒りだった。


  -つづく-


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