婦人警官 屈辱 |
part 14 |
岬の落涙がまるで眼に入らぬように鮫島が嘲笑気味に言う。 「おいおい。途中で投げ出すなんてお前らしくない。」 岬の予想通りだった。些細なアクシデントで屈辱的な行為が中断されるわけはなかった。バイブレータを口唇から離し床に落としてしまった事は、岬のペナルティとして鮫島を優位にした。 「まだ、半分だ。残り半分もきちんとやってもらう。―約束だろう、岬。」 鮫島によって、床に落ちたバイブレータが自分の口に近づけられる―と、岬は思った。しかし、鮫島は動かない。 目の前に転がったプラスティックのペニス―その先に鮫島の靴が見える。彼の表情は窺い知れないが、右の靴の先がバイブレータを指しているように見えた。 静かな時間が流れている。岬の耳に、壁掛時計の秒針が時を刻む音が聞こえている。その静寂の時は長い長い時間のようにも思えたが、ほんの数秒間をそのように錯覚しているだけなのかもしれなかった。 鮫島の靴先が床の上でリズムを取るように動き始めた。臙脂色の絨毯の毛並みのせいで、その靴音は岬の耳には聞こえない。部屋の静かさは変わらないというのに、それまで岬の耳に聞こえていた時計の秒針の音は消えた。 岬は、ある思いを込めて、強い力でその瞳を閉じた。視界に見たくないものあるからではない。そこに込められていたのは、流れた涙を断ち切る思いと次への行動への決意だった。 彼女はしっかりと目標を見定めるように静かに眼を開き、首をゆっくり伸ばしながら、下唇を噛みしめ、その口元をバイブレータに近づけていく。そして、右側の頬を下にして、岬は、桃色プラスティックの擬似ペニスを口にした。 だが、岬の動きは、そのまま硬直する。他の誰かの力が彼女の動きを止めたのではない。鮫島に対する意地から、バイブレータへの奉仕を決意したものの、これからどのように動いてよいのかがわからなかった。男性器の亀頭部分のみを口に含んだその姿勢は不安定で、転がったままのバイブレータの根元まで自分の唇を届かせる術を、岬は見失っていた。 再び、彼女の耳に、時計の秒針の音が鋭く響きはじめた。 金縛りにあったかのような岬を見かねたのか、先に鮫島が動いた。 岬の視線の先にある彼の靴―その右側の踵が、まず持ち上がった。爪先だけは床から離れず、靴は床に対して垂直になって静止した。そして、鮫島は、右足の爪先で床を軽く打ち始めた。 トントントントントン…。 顔を横に向けたせいで、絨毯に接した岬の耳に、鮫島の靴の先の音が不気味に響く。床を通して伝わるその音は、耳に聞こえると言うよりも、頭の中心に残響音を伴って聞こえてくるようで、その響き自体が岬に精神的な圧迫を与える。 爪先で床を打ち続ける鮫島の靴の単純な反復運動に、岬の目は、彼女の意思に反して、釘付けになっていた。 ―既に、彼女は、その運動の意図を理解していた。 岬はバイブレータ亀頭部を包んだ唇にゆっくりと力を入れた。そして、そのまま床から顔を起こしはじめる。絨毯の上に横たわったままだった陰茎状のプラスティックは、岬の顔の動きにつれて、ペニスの根元、モーターや電源が収められている部分を支点に、床と垂直になるように持ち上がってきた。 ―まるで、鮫島の靴が床と垂直になっていたように。 バイブレータを床に立たせたことで、岬の体制はうつ伏せになっている。彼女は上目を使って床の絨毯から鮫島の靴へと視線を移した。彼の靴はいつの間にか通常の状態に戻っていた。 亀頭部分を咥え続けていたため、口の中に大量の唾液が溜まっている。床を向いた岬の唇とバイブレータの隙間から、その唾液がこぼれ落ちそうになった。それを溢れさせまいとしたのが「きっかけ」になった。 岬は緊張させていた背筋の力を緩め、唇を、ピンク色の擬似陰茎の根元まで一気に下ろした。そして、そこに口元が到達すると、再び、背中に軽く力を入れ、亀頭部分まで顔を持ち上げる。 岬の唇の軌跡に沿って塗られるように、彼女の口の中に溜まっていた唾液が、ピンク色のプラスティックの表面を覆いはじめる。その液体は、幾つかの部分で球状になり、玉となったその重みでペニス表面を幾筋かの線となって滑り落ちていく。また、ある物は、岬の頭部が行う上下運動の勢いのせいで、粘液状の尾を引きながらペニスを離れ飛沫となって臙脂色の絨毯へと落下する。 「フハハ、ハハハハハハ…」 鮫島が勝ち誇ったように笑い出した。その笑い声は低く、岬にとって、それは地の底から響いてくるように聞こえた。 「見事だ、岬。さすがだ。よくプライドを捨てた。」 床に屹立したペニスに唇での上下の往復運動を続ける岬へ、鮫島が言葉を続ける。 「よし。百だ。―あと百往復だ。数えてやる。」 岬はその言葉に微かな希望を感じた。―あと少し、あと少しだけ…私はまだ負けていない。 「1…2…3…」 冷静な響きを伴いながら、鮫島が数字をカウントしはじめた。岬は、その言葉に操られるように一定の動きで、バイブレータへのフェラチオ行為を続ける。 ―いや、一定の動き、ではなかった。 40を越えたあたりから、鮫島が数字を数えるリズムは次第にテンポが速くなってきた。 「45、46、47…」 岬の身体の動きはそのリズムに従わざるを得なかった。 「コラ!数えるのが早くなってるわよ!」 突然のフラッシュバック。―岬は、自宅の浴槽でまだ幼い長男に言う。 「肩まで入って、ゆっくり百まで!」 湯船に浸かった長男は、早口になりはじめたリズムを元のペースに戻しながら百までの数字を、再び、数えはじめる。 ―まただ…。 鮫島のカウントは、テンポが落ちるどころか、反対に次第にそのペースを増している。このひっ迫した状況の中で、なぜか日常的な風景が、一瞬、記憶から甦る。 それは死によって奪われる、些細な幸福だ。 生きなければ、再びそれらの幸福を味わうことは出来ないと、生きるための強い意志が、彼女に訴えかけているのか?―それとも、再び体験することのない幸福を思い出すことで、辛い時間が少しでも楽になるようにと、死を前にした諦念がそうさせているのか?答は岬自身にもわからない。 「78・79・80・81…」 いまや、岬がバイブレータへ行う運動の速度は限界に近くなっていた。乱れた髪が唇の周りに溢れた唾液にベットリと付着していたが、プラスティックのペニスに全力で奉仕する事が精一杯で、醜い自分の姿を振り返る余裕すらなかった。 アップテンポのカウントは、遂に90を越えた。 「96・97・98・99…100!」 その瞬間、すべての力が抜けた。岬は倒れ込むように、頭部を床に落とし、大きく肩で息をしている。激しく呼吸する彼女の口元から唾液が絨毯へと垂れ落ちた。開いた口には、バイブレータの亀頭部分が引っかかっている。 忌み嫌うべきバイブレータが、未だ口元にあることすら、今の岬は、気がついていない。 -つづく- |
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