婦人官 屈
  part 15


 岬の唇の端にその亀頭の先を引っかけるようにして横たわっていたバイブレータが、鮫島の手によって床を離れていった。岬は大きく呼吸を繰り返しながら、自分の唾液がべっとりと付着した擬似陰茎を目で追う。
 岬の頭上で、バイブレータを署長に渡す鮫島の姿が見えた。鮫島が岬を見下ろし、ふたりの目が合った。鮫島は岬を見ながら笑っている。
 手錠を外すようにと声に出して言いかけたが、両手が自由になる事への焦りを鮫島に悟られることは自分を不利にするという予感があった。彼と目が合ってしまったことを後悔しながら、岬は言葉を飲み込んで耐えた。
 岬の表情を見ながら微笑む鮫島が口を開いた。

「よく頑張ったな、岬。」

 その言葉に反応するように、背後の春日署々長が、手錠で自由を奪われた岬の両手を握った。鮫島はその署長の方を一瞥し、再び岬に目線を戻す。

「約束、か…。なぁ、岬、俺は約束を守るような立派な男か?」

 鮫島が微笑んだままそう言った。
 署長の手に力が入り、陰部を守るように置かれていた岬の手がゆっくりと持ち上げられていく。

「卑怯よ!」
「ふふふ―そこが、お前の甘い所だよ。警察官はなぁ、犯罪者以上に悪くないと奴等を捕まえる事なんてできやしないんだよ。」
「…鮫島、そうだ、その通りだ…くくくくくく」

 署長が喉の奥で笑いながら、力ずくで岬の両肘を曲げ、彼女の両手を背中中央に押し付けた。そして、太腿にあるショートガードルを掴み、膝下へと移動させた。さらに、スカートの裾が握られ腰まで捲り上げられる。
 不規則に裂けたストッキングの下、白いショーツに包まれた岬の臀部が露わになった。春日署々長は、太腿を走る細いストッキングの繊維を掴みゆっくりと引っ張りはじめた。
 パリパリパリと高い音を立て、岬の下半身を覆う化学繊維の裂け目が徐々に広がる。

「さて…と。」

 そう言いながら春日署々長は、なだらかなヒップラインを円弧のフォルムを描きながら横切るショーツの裾の片側に手を掛け、岬の性器が露出するように引っ張った。そして、もう一方の手に持ったバイブレータの亀頭の先を、岬の陰部に押し当てた。
 ぬるりと生暖かい感触がある。それはバイブレータ表面に付着した岬自身の唾液の感触だ。

「う・く…」

 岬は歯を食いしばり下半身に力を込め、異物の侵入を拒もうとしたが、自分自身がそのピンク色をしたプラスティックの物体に塗るように付けた潤滑性の液体が、署長による挿入を容易にしていた。
 既に亀頭部分は岬の体内に埋没している。

「どこまで悪党なんだ!あなたたちは!」

 遂に岬が叫ぶ。口調は犯罪者に対する時のものになっていた。だがその口調の変化にも動じることなく鮫島が岬を見下ろす。

「ふふふ―悪党だと?馬鹿言っちゃいけない…。光があれば、影がある。強い光が当たれば、影はだんだん濃くなっていく。それだけのことだ。」

 そう言いながら鮫島はゆっくりと彼の靴を岬の顔に向けはじめた。

「お前は光だ。自分を正義だなんて思いながら、今までやってきたんだろう。世の中を清く正しく美しくってなぁ…。」

 鮫島がにやりと笑うが、その口元の歪みは醜い。その笑みをはっきりと見る前に、彼の靴の裏が岬の視線を遮る。

「―だがなぁ、ヤクザを街から消したらどうなった?生安で一緒だった時にあっただろうが、組事務所が入ったマンションの住民運動。」

 岬の額を押さえつけるように乗った鮫島の靴に徐々に力が込められる。―そして、下半身には、春日署々長が、バイブレータをさらに深く挿入しようとしている。前後からの圧迫が岬を包む。
 ―あの時は、今以上のプレッシャーがあった。

「10歳にもならない小学生が死んだよな、組員に刺されて―。」
「!」

 記憶を揺さぶられ、岬の全身の力が緩んだ。―途端、バイブレータは根元まで岬の中に挿入された。しかし、異物感以上の肉体的不快感はない。岬が、今感じている不快感は、鮫島の会話によってもたらされた過去の記憶による精神的不快感だった。
 刺した組員の取調べからオフィスに戻った鮫島が、手にした調書を、机に叩きつけるように音を立てて放り投げた。

「親がよ、ガキに吹き込んでたんだとよ!ヤクザを困らせて追い出せってよ!世論が味方だもんなぁ。ベンツに傷入れるわ、終いには、下っ端の組員に石まで投げてたって言うじゃねぇか!畜生!」

 鮫島が珍しく荒れていた。だが、当時の岬は、彼にかけるべき言葉を持たなかった。―いや、当時だけではない…きっと、今も、そうだ。

「事実を報道に発表する事は…できなかった。」

 背後の春日署々長が口を開いた。パチリ。バイブレータのスイッチが入った。―ブゥン。鈍い音とともに岬の股間の内側でペニス状の物体が顫動を始める。そして署長は捲っていたショーツをバイブレータに被せるように元に戻した。
 さらに彼は、膝の下まで下ろしていたショートガードルに手を伸ばし、岬の腰まで引き上げた。

「う!」

 ガードルが、ほんの数センチだけバイブレータを岬の身体の奥へと押し込んだ。その数センチが岬の子宮を刺激した。下着は着用の状態に戻されたものの、股間の部分だけが、先端を水平に切られた低い円錐のように、いびつに膨らんでいる。

「苦しめ、岬。」

 背後から老人の声がする。そして前方からは、鮫島の声が、署長の声につづくように聞こえる。

「光があれば影がある。ヤクザを消せば、次は市民がヤクザになった。―中学生のガキがナイフを持った―15歳の小便くさい娘が売春をはじめた。影は決して消えない。」

 岬の額の靴にさらに強く力が掛けられる。

「影を消したいのなら、光が当たる反対側から、もうひとつ、光を当てることだ。影は薄くなる。―そして、その光が…俺だ。―お前の反対側にいる光だ。」

 額の靴の力が横に向けられた。抗う間もなく、岬の首は捻られ、右頬が絨毯に着いた。

「―俺も正義だ。悪に無知な正義じゃない。―悪を…悪をよく知る、正義だ。」


  -つづく-


|   TOP  |   etc.  |   index page  |     |     |   Ryo's Collection  |