婦人官 屈
  part 20


 鮫島は、デスクに頭を打ちつける岬の様子を見ながら、拳銃でふさがった右手を使わずに左手だけでポケットから煙草のパッケージを取り出すと、慣れた手つきでその中から一本のフィルタ部分だけを数センチ引き出した。彼がそれを口に咥え、箱の方を引き抜くと、先ほど鮫島に拳銃を渡した若い警察官が、すかさずライターを差し出す。
 岬には、ほんの1メートルほど先で響いたシャというライターの着火音が、遥か遠くに聞こえた気がした。
 前方から漂ってくる煙草の匂いは、もはや彼女を不快にはしない。今、岬の不快の元凶は背後にあった。元凶は肛門内部の一点だが、そこから生まれる電流は脊椎を真っ直ぐに走り、岬の中枢を揺さぶる。
 署長の息遣いが聞こえ始め、岬の二箇所の穴を使ったマスターベーションが次第にその速度を増し、激しくなってきた。

 ダメだダメだダメだダメだ…。岬は心の中で、そう叫び続けていた。

 机に額を強く押し付け、その痛みによって、ごく短い周期で定期的に襲ってくる刺激を排除しようとしても限界があった。
 鮫島が向けた拳銃の銃口が希望に思えた。―撃て、と思った。どうせ殺すのなら、自分の限界が来る前に撃て、と思った。
 だが、岬がデスクから顔を上げると、彼女の気持ちを裏切るかのように、銃口は遠い。いつの間にか、鮫島は、銃口を岬の頭に向けたまま、署長用椅子の背凭れに体を預けている。味わうように息を深く吸うと、その口元に咥えられた煙草先端のオレンジ色の火種がゆっくりと輝きを増していくのが見えた。
 岬と目が合うと、彼はその目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「なんて顔をしてるんだ、岬。お前がそんな目で俺を見るなんて悲しいぜ…」

 岬は、その言葉が語る自分の表情がわからなかったが、きつい視線で睨んでいなかった事だけは自覚できた。そして…。
 そして、恥辱に全身が熱くなった。―自分は鮫島に哀願の瞳を向けてしまったのだ。
 激しい後悔の念が岬を包む。

「ほ!尻の穴が更にきつく締まったな…」

 背中側から春日署々長の声が聞こえた。そして、署長の指と腰は速度を落としたが、動きは大きく深くなった。
 ガッガッガッ!
 岬は、額を繰り返し机の天板にぶつけることで、遥か遠くに行ってしまった理性を取り戻そうと努めたが、理性をその手で掴む前に、署長の指が肛門内部を拡げた。彼の中指は第二間接で垂直に曲がり、L字型となって直腸の壁を膣側に向かって強く押し始めた。

「あぅ!」

 声が上がった。
 今の岬には、どん底の気分に浸る余裕さえ許されてはいない。
 ゴトリと重い音がして、苦悶に顔を歪める岬の目の前に、硝子製の灰皿が置かれた。若い警察官によって置かれた灰皿の中に吸殻は無かった。鮫島が今までに吸った数本の煙草の残骸は綺麗に片付けられていた。
 鮫島が煙草の灰を平らな硝子の底面に落とす。

「お前、煙草の匂い…嫌いだったよなぁ。―でも、今は、それどころじゃないようだな。」

 岬を見る鮫島の目は、今、穏やかでそして優しい。
 背後から攻められる岬は、鮫島の顔から目を逸らす事が出来ない。それは、肉体に広がっていく刺激のせいで、机で額を打つことすら忘れ、背中が徐々に大きく反り、視線が自然に上方を向いてしまっているためだったが、岬にはその事すら意識できないでいた。

「うぁ!」

 突然だった。
 春日署々長の開いた左手の指が、岬のクリトリスを探り、そこを押さえた。
 岬は、またその頭を机に打ちつけた―が、今度は、痛みを上回るほどの刺激が全身隅々までくまなく駆け巡った。

「んん!」

 岬は固く口を閉じ、下唇を噛みしめた。だが、その口は大きく呼吸する事を求め、今にも開きそうな状態で、歯に力が入らない。
 署長は人差し指と薬指で岬の陰唇を開き、中指で探り当てた陰核を弄びつづける。
 彼女は、無意識のうちに、まるで背伸びをするように両足の爪先だけで立っていた。手錠をされたままの手は指先もピンと伸ばすまでに開ききっている。そして、豊かな乳房が机上から離れてしまうほど背中は大きく反っている。

 最早、彼女を襲う刺激から逃れる術は無かった。
 ―いや、岬は、唯一、その方法を知っている。しかも、その方法は、実にあっけないほど簡単に、この苦痛から逃れる事が出来るのだ。
 答は単純で明快だ。
 春日署々長の行為を受け入れればよいのだ。

 ―苦痛が快感に変わる。

 そう考えてしまった瞬間に、岬を襲っていた幾多もの刺激のさざ波は、ひとつの大きな波の塊となって、彼女の全身を飲み込んだ。
 その瞬間、きつく結ぼうとしていた唇から言葉が漏れた。

「い…」

 その言葉の音にどんな感情があったのか?「いや」なのか「いい」なのか、それとも「いく」なのか…。その言葉が出てしまった事が、自分にとって恥なのか…。
 それらは、今の岬にとっては、既に、些細な事でしかなかった。


  -つづく-


|   TOP  |   etc.  |   index page  |     |     |   Ryo's Collection  |