婦人官 屈
  part 21


「岬、忘れるなよ。この出来事を忘れるな。これが、自分を捨てるって事だ。」

 鮫島の言葉を聞く岬の上体は、机の上だけで支えられていた。これまで身体を支えていた両足は弛緩したように床に向かって垂れ落ちているだけだ。
 春日署々長が、岬の身体から、陰茎と指を抜き、うつ伏せの彼女の肩を掴み、仰向けに回転させた。力の抜けた岬の身体は、簡単に180度回転した。

「岬クン…こっちはまだ終わってないんだ。もう年だな…。」

 独り言のように笑って言う春日署々長のペニスは、まだ怒張したままだ。
 今まで、開脚した膝の辺りでピンと張っていたガードルとショーツが、まるで緊張を失ったかのように落ち、爪先を床から数センチ浮かせて机からぶら下がった足の先で止まった。
 しばらく忘れていた煙草の香りが匂った。岬には、目に映る署長室の天井が、自分が勤める警察署の中にある部屋の一部だとは思えなかった。

「自分を捨てて、世間と折り合いを付ける。誰もが多かれ少なかれ、そうやって生きていく。そして…」

 鮫島は、既に短くなった煙草を灰皿に押し付け、その火を消した。もう一方の手の拳銃は、相変わらず岬の頭に向けられている。

「人は、自分を捨てつづける事を簡単に忘れちまう。でもな…」

 春日署々長の足が、岬の片方のパンプスを脱がせた。履物が床に落ちるコトいう小さな音が響いた。つづいて、二枚の下着とストッキングが片足から抜かれる。それらの下着類は、もう一方の足の先に引っかかるように残されていた。

「―でもな…自分の物差しを信じられなくなったら終わりだ。世間の物差しは、明日には目盛が変わってる…。」
「ぅ」

 岬が小さな声を上げた。
 春日署々長が、彼女の腰を引き寄せ、再び、勃起したままの陰茎を岬のヴァギナに突き立てた。そのペニスは、先ほど指先で刺激されたクリトリスを擦るように、岬の体内に埋没し、深く激しい往復運動を繰り返しはじめた。

「自分をドブに捨てちまう己の醜さをタップリと味わうんだ…そうすれば、俺が、世の中と折り合いを付けるのを止めて、自分を捨てなくなった理由も解かってもらえるだろう。―それだけは解かって天国へ行ってくれ…。」

 鮫島の声は遠くから聞こえる。
 岬の背中は、机上から浮き、再び大きく反りはじめた。

「これは、そのための、お前と…そして俺のための儀式だ。」

 春日署々長は、岬の腰を持ち、自分の腰の往復運動に合わせて、彼女の腰を前後に動かしはじめた。その激しい揺さぶりは、岬に、署長の陰茎がさらに大きさを増したように錯覚させた。
 署長の息づかいが次第に荒くなっていく。彼は興奮に紅潮した顔で鮫島に目を向けた。

「見ろ…鮫島…この女…自分から…足を…」

 岬の足は春日署々長の両足に絡んでいた。署長は、岬の腰を持つ手から力を抜き、陰茎の往復運動を止めてみたが、彼女の腰の動きは止まる事はなかった。

「大した…女だ…な…さめじ…ま…」

 春日署々長は大きく呼吸しながらそう言うと、岬の顔に視線を戻した。

「そうだ…そうだ…今度は…い・一緒に…いってやる…」

 署長は、再び、岬の腰を持ち直すと、彼女の腰の動きをフォローして、深く前後に振りはじめた。それに合わせるかのように岬の足にも力が入り、署長の腰をギュッと強く引き寄せた。
 その様子を見つめていた鮫島が、突然、大声で笑い始めた。

「ふは…ふははははははは…」

 鮫島の高笑いが、堰を切ったように止まる事なく署長室に響く。

 その時、それは起こった。

 自ら腰を振ることで充分な反動がついた岬の上半身は、腹筋の力を使い、両足を絡めた署長の腰を支点にしてバネ仕掛けのように素早く起き上がった。
 岬の額は、春日署々長の額を目がけて、ハイスピードで美しい円弧を描き、見事な頭突きを喰らわせた。
 ゴッ!という鈍い音と「グァ!」という低い叫びが同時に聞こえた。

 岬と署長の身体はデスクを離れ、空中で春日署々長の男根は岬の性器から抜けた。そして、署長の精液は岬の中に注がれる事なく、白く輝く飛沫となって、宙を舞った。
 その白色の粘液が臙脂色の絨毯に着地するより早く、ふたつの肉体は床に落下する。
 床に落ちた岬と署長の上下は、机上でのそれと逆転している。

「皆、動くな!」

 岬の声が部屋に響く。
 彼女は春日署々長を下敷きにしながらも身体を仰向けに起こし、後ろ手に回されたままの右肘で署長の喉仏を強く押さえていた。

「署長が死ぬぞ!」

 岬はそう叫んで、鮫島を見据えた。
 唖然としたように口を開き椅子に座ったままの彼の銃は、まだ署長用のデスクにいた岬の位置から動いていなかった。

「誰か!誰か思い直すものはいないのか!警察官だろう!」

 室内にいる数人の男たちに戸惑いが走ったのを岬は感じた。

「先ず、鮫島課長…いや、鮫島を早く!」

 そう言った瞬間に、何かが動いた。
 鮫島の横にいた若い警官だった。彼は鮮やかなフットワークで、岬の方へワンステップ踏み出すと机の上の灰皿を掴んだ。そしてツーステップ、スリーステップ。最後のフォーステップ目で、その硝子製の高級灰皿を、岬の側頭部にアンダースロウのポーズでヒットさせた。

 岬を受け止めた臙脂色の絨毯は、確かに深い毛並みを誇ってはいたが、その柔らかさは、クッションと呼ぶには程遠かった。

「貴様!」

 鮫島の声が聞こえた。自分に向けられた声だと思った。だが、遠ざかる意識の中で岬が聞いたのは、ピシャリと誰かの頬を打つ音とそれに続く罵声だった。

「どいつもこいつも、使えねぇ!―岬にケリをつけるのは俺だ!もし、岬に何かあったら、先ず手前ぇをぶち殺す!」


  -つづく-


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