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薄暗い畳の部屋。
布団の中の慶子、ぐっすりと眠っている。
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一羽のカラスが、電線が複雑に配置された電柱にとまる。
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前シーンのカラスの声に反応したかのように、布団の中の慶子が、突然、目を覚ます。
そして、枕元の携帯電話を見る。
携帯電話の時刻表示は、まだ午前六時前である。
慶子、ポツリと呟く。
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そして、慶子は布団の中から窓に視線を移す。
ガラス窓はブラインドで閉ざされて外の様子は見えない。
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慶子、布団から起き上がりながら枕元に置いた眼鏡を取る。
慶子はグレイのスウェットをパジャマ代わりにしている。
眼鏡をかけて窓のブラインドの一枚に指を入れ外を窺う慶子。
ブラインドの隙間からは、未だ明けきらぬ紫紺の空に舞う黒い鳥の群れが見える。
しかし、窓の内側にはカラスの鳴き声は聞こえてこない。
慶子、カラスの群れを凝視するが、ほどなく目を逸らす。
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多くの警察官が保管庫前に並んでいる。
列の先頭では、バインダを手にした若い男性の担当警官が書類をチェックしながら、
並ぶ警察官に順に拳銃を渡している。
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| 担当警官 | 「ん…地域課…(バインダの書類を確認しながら)峰山由香巡査長…と。本日より若宮三丁目交番勤務のため拳銃携行。返却予定時刻、明後日午前九時。―間違いありませんね」
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担当警官、保管庫からリボルバー拳銃を一丁取り出し、輪胴部をスイングアウトし由香に見せる。
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由香のベルトに繋がれたカールコードの先端金具と拳銃の銃把の底の金具が繋がれる。
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渡された拳銃をホルスターに収めて蓋をする由香を目視した担当警官が、由香の顔を見る。
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由香、担当警官に敬礼を返す。
―と、突然、担当警官がフランクに由香に話しかける。
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由香は制服のポケットからシャチハタを取り出す。
バインダの書類の受領欄に「峰山」のシャチハタがスタンプされる。
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由香が、マツダ・デミオのパトカーに乗り込む。
キーが挿され、エンジンが始動する。
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シートベルトを締める由香。
その手が、そっと右腰の拳銃が入ったホルスターへと移動する。
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フラッシュバックする「Scene_003 郊外のバイパス」の茜。
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| 茜 | 「重いですもんね…拳銃。―実際に腰に付けてる重さより…ずっとずっと…重いですもんね」
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由香、俯いてしまった自分を否定するかのように首を横に振る。
そして、両手で頬を叩く。
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―と、誰かがパトカーの窓ガラスをノックする。
由香、慌てて窓の外を見る。
窓の外には、警察学校教官の水澤小夜子が私服姿で運転席の由香を覗き込んでいる。
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| 小夜子 | 「おはよう!―よかった…間に合って。悪いけど、交番まで一緒にいいかな?―慶子に話があるんだ」
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小夜子、パトカーのフロントをまわって助手席に乗り込み、由香に微笑む。
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黒のパンツスーツ姿の小夜子は、手にビジネスバッグと細長い厚紙製の筒を持っている。
シートベルトを締め、その筒で前方を指し示す小夜子。
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座卓の上に、茶托に乗った湯呑茶碗が出される。
和室の休憩室内には、座卓の両脇に小夜子と慶子が座り、茶を出した瑞枝が小夜子を窺うように見ている。
その視線に気付いた小夜子は、湯呑茶碗を持ち、瑞枝に微笑む。
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| 小夜子 | 「瑞枝、お疲れ様。いいわよ、署に戻って。帰りは電車を使うから…。―そのための私服だもの」
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小夜子、ジャケットの襟の裏に親指を入れて、スーツ姿をアピールするようにその指をスッと撫で下ろす。
それを見た瑞枝も微笑する。
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| 瑞枝 | 「水澤教官は制服の印象が強かったのですが、私服もよくお似合いですね」
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由香のいる交番内へ、奥の休憩室から瑞枝が戻ってくる。
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| 由香 | 「なんだろうね。パトカーの中では何も言ってなかったけど…」
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| 瑞枝 | 「気になるな…わざわざ教官自ら交番まで来るなんて」
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座卓を挟んで対峙する慶子と小夜子。
慶子、緊張の面持ちで小夜子に問いかける。
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| 小夜子 | 「ん。そんなに深刻な顔しないで。悪い話じゃない…と思うから」
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| 小夜子 | 「警察官たるもの常に冷静沈着を心がけ、滅多な事では慌てない。―言ったでしょう、悪い話じゃないって」
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| 慶子 | 「ハイ。申し訳ありません。迂闊でした。気にかけている部下の事なので、つい…」
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| 小夜子 | 「謝らない!―謝るなら私じゃなくて、茜に謝りなさいよ…」
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| 小夜子 | 「今頃、署の地域課で、うちの東森教官が、そっちの課長の風間さんにも、この話をしてるんだけどね」
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| 慶子 | 「え、うちの課長にもですか?―あ・茜…松井茜の件でですか?」
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小枝子、慶子に答えながら、持って来た細長い筒の蓋を取り、中身を取り出す。
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広い会議室の片隅のデスクで、警察学校教官の東森と地域課課長の風間が話している。
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| 風間 | 「教官のお前が、わざわざここまで出張ってまでする話ってのは何だよ」
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| 東森 | 「今、交番長の岡林には、うちの水澤からナシ通してるんだが…」
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東森はそう言いながら、小夜子が持っていたのと同じ細長い筒を取り出し、その蓋を取る。
筒を振ると、その中に巻かれて収められていた、一辺50センチほどの正方形のペーパーが出てくる。
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机上にペーパーが広げられる。
それを見て驚く風間課長。
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ペーパーは、射撃訓練時の同心円が描かれたターゲットである。
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ターゲット中央部分に空いた、たった二つだけの弾痕。
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慶子、小夜子が卓上に広げた茜のターゲットを見ている。
やはり、ターゲット中央部分に空いた二つだけの弾痕。
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| 慶子 | 「ま・松井茜の射撃成績に関しては私も承知しております。―でも、人には得手不得手というものが…」
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ターゲット中央の弾痕をボールペンのキャップがなぞる。
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そして、ターゲットのペーパーの外、デスク天板をボールペンのキャップの先が叩く。
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東森の声を、下唇を噛みながら神妙な面持ちで聞いている風間課長。
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| 風間 | 「―ん、まあ、確かに俺も極端だとは思うが…その辺は、こっちでもちゃんと教育をするよ…。まだ20歳で配属一年目なんだ。まだ、得手不得手というものがあるだろう…」
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| 東森 | 「俺もつい先日まで…松井茜の射撃は不得手だと思っていたよ」
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東森、風間課長に机上のターゲットを見るように視線で促す。
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小夜子がボールペンのキャップの先でターゲットを指し示す。
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ターゲット中央部分、たった二つの弾痕のアップ。
その上をボールペンのキャップの先が指す。
交番休憩室でもあり東署会議室でもあるような表現で演出。
片方の弾痕の上に、キャップの先が置かれる。
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キャップの先は、ターゲットの外に出ず、最初の弾痕へと戻る。
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さらにキャップ先端が、隣にある二つ目の弾痕へと戻る。
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ターゲットを覗き込み凝視している慶子に、小夜子が話す。
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ボールペンのキャップはターゲット中央部の弾痕を2回半往復する。
そして、小夜子はターゲットから顔を上げ、慶子を見る。
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| 小夜子 | 「人には得手不得手はある。―射撃に関して、茜は不得手じゃなくて得手なんだよ」
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| 東森 | 「ああ、松井茜を本部教養の特練に預けてほしい。次期異動で積極的に引っ張るが、同期のお前には事前にナシ付けときたくてな。2012年のロンドンを照準にして育てたいんだ」
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| 東森 | 「松井は逸材だ。しかも、若い。確実にオリンピックを…世界を狙える」
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風間課長、東森から目を逸らすように机上のターゲットを見る。
中央部分に隣接する『たった二つ』の弾痕。
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