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第二部


 7. 脅迫

  広田京子を乗せた僕の車は郊外へと向かう。

  「嘘をつきましたね。」

  彼女に声をかけてみたが返事はない。じっとうつむいて両手を握り締めている。

  「そんなに困ることは無いですよ。あなたは自分に出来ることをすればいいだけなんですから。あそこで話をしましょう。」

  車の行く手に見えてきたラブホテルを僕は顎で示した。
  彼女は驚きの表情を見せたが、すぐに気を取り直して毅然とした態度で言い返してきた。

  「いやです。そんなこと出来ません!」

  僕は、ゆっくりと言葉を返す。

  「広田さん。話し合いに応じてくれるとおっしゃったじゃないですか。」
  「話し合いなら、あんな所でやる必要はありません!」
  「あんな所って…じゃあ、どうしましょうか。もう少し行くとファミレスがありますよね。そこで話しましょうか?」

  広田京子は僕の提案を聞いて信じられない、といった顔になった。

  「この先の、ファミリーレストランで話しましょうね。」

  そう言いながら、僕は段々と声を大きくしていった。

  「夕食時で込んでいるレストランで、ゆっくり食事をしながら、婦人警官が、自分が起こした事故を揉み消そうとした事について…」

  ですます調で話しながらも、僕の声は怒鳴り声のような大きさになっていた。

  「…話しましょうね。きちんと。声に出して。会話しましょうね。中央署、交通課の広田婦警さん。」

  彼女は、耳を覆って、叫んだ。

  「やめて下さい。大声を出さないで!」

  僕は彼女に今度は静かに、そして笑顔で答えてあげた。

  「失礼しました。
   人の大勢いるところで話をすると広田さんが困ると思ってホテルを選んだんですが、
   やっぱり抵抗ありますよね。レストランに行きましょう。」

  彼女はうつむいたまま言った。

  「いやです。レストランは困ります。」

  ラブホテルを通り過ぎたので、僕は路肩に車を停め、彼女に尋ねた。

  「じゃあ、どうします。さっきの所で話し合えますか。二人で。」

  彼女は、耳を押さえ俯いたまま、小さく頷いた。


 8. 部屋

  大型のベッドに寝そべって、僕は照明器具のコントロールスイッチで遊んでいた。
  あるスイッチを触ると部屋中がグリーンの蛍光色で満たされた。

  広田京子は小さなテーブルの傍の椅子に腰掛けている。
  コートの前をぴたりと合わせて、両手で強く押さえていた。
  部屋全体を明るくして、彼女に質問を投げかけてみる。

  「広田さんは婦人警官だから、事故のこと、警察に知らせなかったんですか?」

  彼女は俯いたままだ。

  「お勤め先も、教えてくれませんでしたよね。それも、婦人警官だからですか?」

  まだ、俯いている。

  「何にも返事してくれないんですね。…部屋の中じゃ、コートを脱いだ方がよくありませんか。エアコン、入ってますよ。」

  彼女の肩が、小さく動いた。
  そして、椅子から立ち上がった彼女は、コートを脱ぎながら僕を睨むような目で言った。

  「解りました。早く済ませてください!そして、今回きりにして下さい!
   もし、これ以上のことを要求されたなら、私は職を失っても構いません。告訴します!」

  早足でバスルームに向かおうとする彼女に僕は努めて冷静に言った。

  「広田さん、僕はあなたと話し合いに来たんですよ。まだ何も話し合ってないじゃないですか。」

  広田京子は、きょとんとした顔で僕を見た。
  僕の言葉は彼女の理解を超えていたのだろう、その表情は完全に無防備で、それ故、美しかった。
  彼女はバスルームのドアノブにかけた手の置き場に困ったような顔になって、小さく深呼吸して、気を取り直した様子で口を開いた。

  「お手洗いに行きます…」

  僕は、強めの口調で言った。

  「ダメです。手洗いは我慢してください。
   話し合いに来て、何も話さないのに中座するなんて失礼じゃないですか。小学生だって、授業中は我慢します。」

  今度は、彼女は訴えるような顔になった。

  「一体、私はどうすればいいんですか?」
  「だから、言っているじゃないですか、話し合い。
   僕の希望に広田さんがどれだけ応えてくれるのか、それを知りたいだけなんです。」

  僕は、テーブルの横の椅子に腰掛けるよう、態度で示して、自分のバッグからビデオカメラを取り出して、
  部屋の大画面テレビに繋いだ。
  椅子に座った広田京子はカメラを見たとたんに顔をこわばらせた。

  「広田さん、安心してください。これからあなたを撮影しようなんて思っていません。
   ただ、話し合いの証拠用にと、既に撮影した分を見てもらいたいんです。」

  そう言って僕は再生ボタンを押した。
  画面に現れたホテルの部屋の中、広角レンズで捉えられた広田京子が、きつい口調で言った。

  「解りました。早く済ませてください!そして、今回きりにして下さい!
   もし、これ以上のことを要求されたなら、私は職を失っても構いません。告訴します!」

  ビデオを一時停止させ、僕は彼女を見た。

  「これって、どういうことなんでしょう、広田さん。
   婦人警官のあなたが、御自分の交通事故を揉み消した上に、
   その事故の被害者に対して、女性としての体を使って、発言を封じようとしているような感じがするのですが…」

  広田京子の顔は、すっかり蒼ざめていた。

  「それは、あなたが…、田中さん、あなたが…」
  「僕は、話し合いをしましょうとしか言ってないですよ。
   話し合いのための質問はしましたが、女性である、しかも婦人警官のあなたに、
   そんな脅迫のようなことを言ったつもりはありません。
   なんでしたら、もう少し前に巻戻して再生しましょうか?」

  呆然とした彼女は何も答えられないでいる。

  「その必要も無いみたいですね、広田さん。
   さて、ここからが話し合いです。僕の希望に広田さんがどのくらい応えられるのか?」

  広田京子は小さく言った。

  「に、二百万円位なら…、すぐには無理ですけど…、それが、限界です。」

  つくづく、広田京子がかわいく思えた。

  「僕は、お金なんて要りません。車の中で言ったじゃないですか。あなたが出来ることをすればいいって…
   あなたが出来る範囲の事、聞いてもらえますか?」

  広田京子は、僕を見て、言った。

  「私は婦人警官です。警察として、知り得た秘密は誰にも教えられません!」
  「誰も、そんなことを希望してないですよ、広田さん。」
  「じゃあ、何を…」

  僕は、上着を着ながら彼女に言った。

  「出ましょう。
   僕、手洗いに行ってきますから、コートを着ておいて下さい。」

  彼女は、僕を見つめたまま、何も理解できない表情でいた。
  手洗いから出た僕は自分の財布でホテルの会計を済ませた。
  振り返ると広田京子はコートを着て、バスルームの扉に手をかけていた。

  「あの、私もお手洗いを済ませてから…」

  僕は、そう言いかけた彼女に近付いて腕をつかんだ。

  「ダメです。我慢してください。」

  そして、彼女の耳元まで顔を近づけて、言った。

  「あなたに出来る範囲の、僕の希望です。」

  うろたえた彼女の腕を強引に引き、僕達は部屋を出た。
  扉のオートロックがカチリと小さく響く。
  彼女の腕を離すと、僕はエレベータの方に向かって歩き始めた。

  「さぁ、早く。車に乗ってもう少し話を続けましょう。」

  僕は、一足早く乗ったエレベータの中で広田京子を待ちながら、
  ほんのついさっき、彼女の耳元に顔を近づけた時に感じた高級石鹸のような香りを、心の中で反芻していた。


 9. 哀願

  手洗いに行けないまま車に乗せられた広田京子は最初の30分ほどは、じっと大人しくしていた。
  しかし、僕が目的地も決めずに車を走らせつづけている様子に気付いて、やっと口を開いた。

  「一体どこへ行くつもりですか?」

  僕は答える。

  「別に…。
   しばらく婦人警官の広田さんと二人のドライブを楽しみたいんです。
   何しろ僕、婦警さんとドライブするのって初めてなんです。
   もう少し付き合ってください。まだ8時にもなっていませんよ。」

  彼女は、再び沈黙した。

  しばらくすると、彼女の様子に変化が現れてきた。
  通り沿いのコンビニエンスストアやファミリーレストランを頻繁に見つめ始め、通り過ぎると小さなため息をつく。
  拳を握りしめて腿の付け根に置き、両方の膝頭を必要以上にぎゅっと強く押し付け合わせている。
  顔はうつむきがちになり、時々、息を大きく吸い込む。つま先も落ち着きなく小刻みに動かしている。
  そして、遂に僕に向かって弱々しく言った。

  「すみません。お手洗いのある所に寄って下さい。そうしたら、もうしばらくはお付き合いできますから…」

  その言葉を聞いた僕は車を路肩に寄せて停めた。
  ほんの数百メートル先にコンビニエンスストアの灯りが見える。
  彼女はその灯りをすがるような眼で見つめていた。

  「あそこにコンビニがあります。」

  彼女は僕の方を向いた。

  その訴えるような表情は、なんともいえない美しさを湛えていた。
  女性にしては少し濃い眉は、婦人警官としての引き締まった表情を彼女に与えている重要なアイテムであったが、
  今、その眉は弱々しく下がり、眉間には哀願の皺が寄っていた。
  瞳はうっすらと潤んでいるようでもあったし、いつもは真一文字に結ばれているであろう口元も軽く緩んでいた。

  僕はゆっくりと車を発進させ、コンビニエンスストアに近付いていった。そして店の近くで彼女に言った。

  「広田さん、もう少し我慢してください。婦警さんなんだから、多少の事は耐えられるでしょう。」

  彼女の顔に絶望の表情が浮かんだ。
  そのまま、コンビニエンスストアを通り過ぎた僕の車は、再び緩やかに加速を始めた。


10. 限界

  「こんなことをして楽しいんですか?」

  しばらくして広田京子が話しかけてきた。
  黙っているより会話で気を紛らわせようと思ったのかもしれない。
  声が少々震えている。

  「楽しいです。」あっさりとした口調で僕は言った。「婦人警官が、僕のすぐ隣で尿意をこらえて身を捩る。
   世の中にこんな楽しいことは他に無いとは思いませんか?」
  「思いません。あなたは、いえ、田中さんはおかしいんじゃありませんか?」

  彼女の口調には怒りの感情が込められていた。
  僕は、敢えて強く言い返した。

  「広田さんは僕が変質者のような言い方をするんですね。それって、随分と失礼な態度ではありませんか。
   わかりました、もう我慢はしなくてもいいです。用を足せる所に寄ります。」

  彼女は自分の立場をあらためて自覚したのか、それとも僕が怒ったと思ったのか、
  つい小さな声で「すみません。」と言ってしまった。
  彼女のそのささやくような言い方に、僕は、身体全体が震えるような悦楽のしびれを感じた。
  僕は車を県道から市道へと右折させ、広田京子に話した。

  「広田さん、あなたが謝っちゃダメです。婦人警官なんだから…、もっと、しっかりとした態度でいてください。」

  その言葉への返事を彼女が頭の中で探している間に、車は閉店した小さなスーパーの駐車場へと入っていった。
  車を停めてヘッドライトを消し、暗がりの中で彼女を見ると明らかに戸惑いの表情を浮かべているのがわかった。

  「広田さん、さぁ、降りて。早く済ませてください。ここはこの時間は誰もいませんから。」
  「そんな…。ここでは出来ません。」

  広田京子は、それに続く言葉を失っていた。
  僕は、にっこりと笑って彼女にこう言った。

  「じゃあ、まだ我慢ができるって事ですね。それでは、もうしばらくドライブを続けましょうか?」

  僕を見る広田京子の眼に涙が浮かんできた。

  「もう、いじめないでください!本当に我慢できないんです!」
  「じゃあ、早く降りてさっさと済ませないと…。さっ、早く降りて。降りないのなら車を出しますよ。」

  そこまで言っても彼女はまだ車を降りることが出来なかった。

  「僕が降ろしてあげましょうか?」

  と、僕は運転席のドアを開けるそぶりを見せた。
  彼女はそれを見て慌てた。そして「じ、自分で降ります。」と言って助手席から駐車場へと出た。
  車から出たものの、暗闇の中、彼女はどうしたらいいのか解らないような様子でその場に立ち尽くしていた。

  「ホラ、あちらの隅のほうに行った方がいいんじゃないですか。」

  運転席のウインドウを開けて、駐車場の奥を指差した僕を見て、
  彼女はうつむきながら、力なく駐車場の隅へと歩いていった。

  広田京子の姿が闇に溶けていくのを見送ってから僕はゆっくりとその方向に車を前進させ、
  突然、ヘッドライトを点灯させた。

  灯りの中に浮かんだ広田京子は、前屈みになってタイトスカートの裾に手をかけようとしていたところだった。
  彼女はその姿勢で固まったまま、驚いた様子で運転席の方を見ていた。

  「続けてください。」

  僕は開いたウインドウから彼女に命令するように言った。
  やっと、直立の体勢に戻った彼女は車に向かって僕に訴えてきた。

  「ライトを消してください。お願いですからライトを消してください。」
  「僕ら以外は誰もいませんよ、広田さん。」と僕。

  彼女は涙声になっていた。

  「ライトがついているところでは出来ません。消してください、お願いです。」

  僕は、勝ち誇ったように彼女に尋ねる。

  「それでは、ライトを消したら広田さんはここで用を足せるのですね。」

  僕のその言葉を聞いて彼女はハッとした。
  僕はさらに彼女に追い討ちをかける。

  「我慢できないからって駐車場でトイレを済ませるような人なんですね、広田さんは…
   婦人警官のくせして、とんでもないとは思いませんか?」

  彼女は自分を失っていた。僕は車から降りると彼女の肩を抱いて囁いた。

  「さぁ、さっきのコンビニまで戻りましょう。5分もかかりませんから…」

  そして、抵抗する気力を完全に無くした彼女の顔にゆっくりと僕の顔を近づけていった。
  静かに唇を合わせて、彼女の腰に左手をまわした。
  腰に手が触れた瞬間、彼女は身体を固くし、何か言おうとして唇を開こうとした。
  その隙を見逃さずに舌を彼女の歯の間から滑り込ませる。

  「んんっ!」と言葉にならない声をあげて彼女は大きく顔をそらし、腰においた僕の手を振りほどいた。
  僕は満足げに、にっこりと笑って彼女へ車を示して言った。

  「じゃあ、乗って下さい。早く乗らないと…。」

  彼女は顔を落としたまま僕に促されるように車に乗り込んだ。
  車中で彼女のすすり泣く声を聞きながら僕はコンビニエンスストアに向かった。
  駐車場に着くと彼女は僕を怪訝そうな目で見た。
  僕は千円札を彼女に渡して

  「これで何か買って、トイレを使わせてもらうといいですよ。
   安心してください。本当に手洗いに行っていいんですよ。」

  僕の言葉を聞いた彼女はハンカチで両目を拭って、バッグの中からコンパクトを取り出し、
  素早く自分の顔の状態を確かめると、千円札を受け取って店に入っていった。

  タバコを一本吸い終わらないうちに彼女は戻ってきた。
  彼女はハイライトを4つ僕に渡した。

  「あの、さっき、ホテルのテーブルの上に置いていたから…。田中さん、これを吸うんですよね。」

  僕は彼女の新しい一面を見つけた気がした。

  「自宅まで送ります。」

  車は国道へ向かった。


11. 帰路

  彼女の自宅に向かう車の中、広田京子は静かに話し始めた。

  「さっきは、手洗いの事で頭がいっぱいで、私は冷静じゃありませんでした。
   田中さんのやっていることは、私にとっては脅迫です。」

  一言、一言、丁寧に言葉を選んで話している様だった。

  「こういう事を田中さんが続けるおつもりならば、私は警察官として、それなりに、対処しなくてはいけないと考えています。」

  僕は、彼女に尋ねてみた。

  「それは、僕のやったことを犯罪として告発するということですか?」

  彼女は、小さく頷いた。

  「多分そういう事になるだろうと思います。今日のことに関しては、そうするつもりはありません。
   ですが…、田中さんのやっていることは、あまりにも卑劣です。」
  「でしょうね…」僕はため息とともに同意した。

  広田京子は話しつづける。

  「田中さんを告発することで、私も何らかの罪に問われるかも知れません。
   少なくとも現在の職業は辞めざるを得ないでしょう。ですが、それと引き換えにしてでも…」

  言葉が途切れて、静かな沈黙が流れた。
  沈黙の中、彼女の呼吸する音が次第に大きくなっていった。

  「私はどうすればいいんですか!」突然広田京子は泣き出した。
  「出来ないんです!警察官を辞めて、罪に問われるなんて出来ません!
   でも、今日のような仕打ちにも耐えられません!私は一体どうすればいいんですか!」

  彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
  僕も自分の気持ちを落ち着かせ、彼女に話しかけるのに若干の時間が必要だった。
  僕はポツリと言った。

  「耐えるしかないでしょう。」

  そして、先ほど彼女がそうしたように慎重に言葉を選びながら言った。

  「僕が、あなたに行う個人的な仕打ちと、
   僕を告発した時に、あなたと、あなたの家族や職場―つまり、警察って事ですが、
   それら全てが受ける社会的な制裁という仕打ち。
   どちらかを耐えなくてはいけないと思います。」

  泣きつづける彼女に向かって僕は続けた。

  「多分、あなたは、今日のことだけで僕たち二人の関係をすっぱりと断ち切りたいのだろうと思っているのでしょうし、
   その気持ちは充分にわかります。でも、僕は、あなたが僕を告発すると言われて、諦めるような人間ではないんです。
   つまり、今日のような事をやめろと言われても、やめずに逮捕される方を選びます。」

  再び、沈黙が流れる。

  「あなたの言った事は、僕にとっては、物事を中途半端に丸く収めてしまおうという卑怯ささえ感じてしまいます。
   広田さん…だから、辛いでしょうが、あなた自身で選んでください。
   僕の言うことを聞きつづけるのか、それとも僕を告発するのか。」

  彼女は答えられないままでいた。

  車は彼女の自宅のある住宅地に入っていった。
  彼女の自宅から離れた人気の無い道路に車を停め、ヘッドライトを消してエンジンを切ってから、再び、彼女に聞いた。

  「ご近所の事もあるでしょうから、送るのはここまでにします。
   さっきの答えを聞かせてください。」

  広田京子はうつむいたまま何か言ったが聞き取れなかった。

  「え、聞こえないです。」と僕は彼女に聞いた。

  彼女は、ゆっくりと答えた。

  「私は…田中さんの言うことを…聞き…つづけます…」
  「ありがとう…」

  僕は、静かに彼女を抱き寄せて口づけをした。
  二人とも過度の興奮で唇は乾いていた。
  彼女の閉じた瞳から一筋の涙が流れた。

  唇を離すと、僕はダッシュボードを開いて、彼女に包みを渡した。

  「僕から広田さんへプレゼントです。いつも、身に付けていて下さいね。」

  広田京子は包みを開いた。
  それは、携帯電話とイヤホンだった。
  携帯電話を凝視している彼女に僕は言った。

  「勤務中も身に付けていて下さい。いつ電話したくなるかわかりませんから。
   制服姿で働いている広田さんも素敵でしょうからね…」


  -つづく-


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