人警 闇
  Scene04
 

  #10 由香 05

  「てめぇの乳は何カップか言ってみろ!」

 少年は、制服の内側に差し入れた掌で鷲掴みにした由香の柔らかな乳房に、五本の指を深々と突き立てた。そして、もう一方の手で由香の耳を摘むと、強く引っ張り、そこに口元を近づけて大声で怒鳴った。

「きこえませんかぁ?おーとーしてくださぁい。本部・本部・おーとーしてくださぁい」

 坊主頭の後ろにいる少年たちがどっと笑う。
 由香は耳を持たれたまま、頭を前後左右に何度も大きく揺すられた。激しい暴力に抗う術はなかったが、唇を噛みしめて悲鳴を上げないよう必死に耐えた。耐えながら、涙が出ないように堪えられるのかが不安になった。ここで泣いてしまえば、さらに少年たちにつけ込む隙を与えてしまうだろう。泣くまいと強く思うと、それだけで、却って涙が溢れそうになった。声を上げまいと固く唇を閉ざしたのも、声を出せば、それが泣き声になってしまうと恐れていたからかもしれない。

「だんまりかぁ?―え?おい!」

 坊主頭が由香の顔を覗き込んで言った。そして、唇の端だけを動かして笑った。

「じゃぁ、俺たちが調べてやる」

 胸を掴んでいた少年の手がワイシャツの袷に移動した。その途端に由香の上半身が揺れた。
 ブツッ!
 シャツのボタンがひとつ弾ける小さな音がした。

「お前ら見てねぇで手伝えよ」

 坊主頭が後ろに控える少年たちに声を掛ける。「おぉ」「あぁ」と返事をしながら中学生の群れが由香に近づき、壁を背にした彼女を取り囲む。何本もの手が由香に向かって伸び、彼女の上半身を壁に押さえつけた。

 チキチキチキチキ…という音が聞こえてきた。
 坊主頭がカッターナイフを手にして、その刃をゆっくりと伸ばしていた。
 別の少年の手の中で、マイナスドライバが、クルリと一周、器用に回転した。そのドライバの先端が由香の眼球の前に突きつけられた。

「目ン玉、抉られたくなかったら、動くなよ」

 平らな金属の先端部分で由香の瞼の上をヒタヒタと軽く叩きながら、ドライバの少年が言った。
 その冷たい感触に思わず由香は叫んだ。

「や・やめて!―C…Cカップだから!ら・乱暴はしないで!」

 叫び声は、まだ泣き声にはなっていなかった。
 その言葉を聞いた坊主頭が、制服の上着とベストのボタンを片手で器用に外しながら、もう一方の手に持ったカッターナイフの刃で静かに由香の頬を叩いた。

「婦警さん、最初から素直にそう言ってくれればよかったんだけどさ…」

 刃先は、由香の頬からボタンがひとつ外れたシャツの袷に移動した。

「今さら遅いんだよ!このクズ!」

 少年の罵声と同時にカッターナイフがシャツのボタンの付け根の糸に喰い込んだ。ブツ・ブツ・ブツッと、カッターの刃がボタンの付け根をひとつずつ上から順番に裂く音を聞きながら由香は後悔する。
 その後悔は、乱暴な行為を受ける前に、素直に少年の命令に従っていればよかった、という後悔ではない。

 ―今まで、処女を守りつづけた後悔だった。

 100パーセントの恋愛が由香の理想だった。
 ―100パーセントの恋愛というのは、50パーセントの恋愛でもなく、65パーセントでも85パーセントの恋愛でもなく「100パーセントの恋愛」という漠然としたニュアンスで由香の心の中に、いつの頃からか、ずっとあった。25歳の今に至るまで、異性に抱かれるチャンスが全くなかったわけではない。ただ、その理想の恋愛を思い描くと、異性との交際に深く踏み込めなかった。
 処女である事を重荷と感じる時もあったが、当然、処女を誰かに与える事も同時に重かった。

「だから…だから、君の理想を思ってくれ」

 また一瞬、早坂の声が聴こえた。
 驚いた事に、その声は正面にいる少年の…いや、少年であった者の口から漏れていた。廃墟は、いつの間にか平坦なグレイ単色の世界に変わっていた。
 ―それは文字通り「単色の世界」で、早坂が現れる前の「白色の世界」が明るさを失っただけの、まさしく一面がフラットな灰色の世界だった。由香を押さえつけていた少年たちの姿もいつの間にか消えていた。
 いや、それらは完全に消えたのではない。

 劣悪な受信状態のテレビ画面のような光景が由香の目の前に展開していた。

 グレイ一面の世界にノイズの如く、―廃墟が、―ラブホテルが、今ここがどこであるべきかを迷うように、浮かんでは消えた。
 目の前の人影も、少年の影となり、次の瞬間には早坂に似た影となり、また、何者でもない灰色の影となり、一刻一刻、姿を変えた。

 影は苦しんでいた。その苦しみは言葉の雨となって由香に降り注ぐ。

「こんなのじゃ…ないだろう…てめぇは、こうやって…考えるな!自分の不幸を考えるな!あんたの望み通りに…違う、これが君の望みか?」

 由香は茫然として苦しみにのたうち叫ぶ灰色の影を見つめるしかなかった。
 その影の叫びは、今や、耳に聞こえる声ではない。それは、由香の頭の中に、直接、響き渡っている。

 その灰色の影の苦悶の声は、鐘楼の大音響となって、由香の心を撹拌し、そして激しく揺さぶった。
 



  #11 由香 06

  「やめて!やめて!やめて!」

 頭蓋を割るように響く声に耐え切れず、由香は大声で叫んだ。そして、そう叫びながら、灰色の影を思わず抱きしめた。

 ―そう。思わず、抱きしめた。

 そうしなくては、と思わせるほど、声は深い悲しみとともに由香の心に響いた。影を抱きしめたまま、由香はさらに叫ぶ。

「どうしたいの?あなたは何をしたいの?あなたの望みは何なの?―そして、私はどうすればいいの?」

 混乱と戸惑いの中で、自分の腕の中にいる色彩のない影に、由香は大声でそう問いかけていた。その問いに答えるかのごとく由香の頭に微かな声が聞こえてきた。

 ―違う…僕の望みじゃない…。大切なのは、君の望みだ…。

 耳を澄ませていないと…いや、心を澄ませていないと消えてしまいそうな声だった。

 ―君は今までの誰とも違う、僕にとって特別な人だ。―だから。

「だから?」

 心に聞こえる声に由香は言葉に出して訊いた。

 ―だから…僕は…君の希望になりたい。ずっとずっと、君の希望でいたい。

 消え入りそうだった声は、今、穏やな響きとなって由香の心を包みはじめている。

「希望?」
 ―そう、希望だ。僕とともにあれば、君の望みは全てが叶う。
「私の望み?」
 ―そう、君の望みだ。
「何なのそれ?」
 ―だから…君の…君自身の、望みだ。

 そのやり取りに由香は混乱する。その混乱の理由は、由香自身の口から言葉になって出た。

「私の…私の望みって…いったい…何?」

 グラリと空間が大きく揺れた。由香の混乱が、この灰色の世界に伝染したかのように。
 そして、由香は、悲しそうな声を聞いた。もちろん、耳ではなく、心で…。

 ―君は…君自身の望みが解らないのか?

 その声が由香の心に響いた瞬間に、揺れた世界は若宮三丁目になった。雑居ビルに挟まれた狭い狭い路地裏に由香はいた。

「ん?―茜?」

 周りの風景を見て、由香はそう口にする。

 ―そうだわ、私、さっきまで、茜と交番勤務をしていたんだったわ…。

 夢を見る直前の記憶が次第に戻ってきた。そして、記憶が戻るにつれて、路地に立ち込めた臭気が漂ってくる。

「う!」

 その、あまりの臭いに、由香は、思わず片手で鼻と口を押さえた。
 強烈な異臭だった。その異臭は、時には「エキウラ」という蔑称で呼ばれる若宮三丁目の、夜の路地裏に充満する悪臭だった。
 残飯の腐臭に人の臭気が混じった臭い…。人の臭気というのは胃酸にアルコールが混ざった吐瀉物の臭いだ。

 頭痛がした。表通りに出よう、と思った。通りに出て早く交番に帰ろう、と。

 おぼつかない足取りで路地の出口に向かう途中で、胸に冷気を感じて、ハッとした。思わず胸に手を当てると、冷たい掌の感触が直に肌に伝わった。そして、掌は胸元の体温の暖かさを感じた。
 制服の上着とベストの前がはだけ、シャツの前ボタンは襟元の一つを残し全て無くなっていた。

「!」

 先刻の記憶が甦った。
 ―私は、さっきまで茜と一緒だったのではない。中学生たちに襲われていたのではなかったか、とそこまで思った時に、路地の出口が人影で塞がれた。

「なんだよ、こんな所に隠れてやがったのか」

 声が笑っていた。表通りの灯りに浮かんだシルエットは坊主頭の少年のものだった。

「いたぞ、おい!こっちだ!」

 と、少年は表通りに向かって一声叫んで、路地に踏み込んできた。仄暗い路地に小さな音がチキチキチキチキと響く。少年の手元でカッターナイフの刃だけがギラリと光っていた。由香は前に出るべきか後ろに下がるべきか迷った。迷いながら腰の警棒に手を当てた。生唾を飲み、決心が固まった。

「やめなさい!」

 路地に由香の声が響いた。叫ぶと同時に警棒を抜いた。伸縮式の警棒が伸びるシャキという音がする。

「やんのか!コラ!」

 由香の体勢に足を止め、坊主頭が言った。
 ―やる気だった。他の仲間が来る前にやるべきだと思った。だが、警棒を持った腕は小刻みに震え、足はすくんでいる。
 そんな由香に向かって、少年が一歩、近づいた。

 ―これは夢なのか?
 もしや、今まで私は、交番で勤務する夢を見つづけていたのではないのか。婦人警官である自分が少年に強姦され処女を失うという現実から逃れたくて、婦警だけが勤務する交番という甘い夢を見ていたのではないのか。

 そんな思いが由香の胸の内に渦巻いていた。
 



  #12 由香 07

  「何だよ、オイ、逃げんのか」

 坊主頭がニヤニヤと笑いながら言った。
 近づく少年の一歩に、由香は思わず一歩下がっていた。さらに少年が一歩前進すると、由香は路地の奥へと、また一歩後退した。

「そーかそーかそーですか。いやいやさすがさすが。間合いを取ってるんだ」

 少年の口調は、由香を揶揄する嘲笑だ。そして、そう言いながらも少年は少しずつ前進し、その分、由香は後退りする。
 背後が気になった。先刻の廃墟のように壁に追い詰められはしないかと不安になった。だが、カッターナイフを持った少年を目の前にして振り返る余裕はなかった。

「無駄な抵抗は止めろ!」

 そう言ったのは由香ではなく少年だった。そして、笑いながら彼はつづけた。

「―ってあんたの台詞じゃねーのかぁ」

 言った途端、彼の片足が地面を蹴った。バネ仕掛けのように少年の身体が由香に踊りかかる。
 威嚇するように警棒を前方に突き出して構えていたのは完全に失敗だった。いや、襲ってくる敵を打とうとして、その警棒を後方に引いたのが失敗だったのかもしれない。
 ほんの一瞬がら空きになった由香の腹に少年の拳がめり込んだ。

「がは」

 と、口から大きく空気が洩れ、次に、空気の塊が喉を塞いだ。腹を押さえるように背中を丸めたが、少年の掌が、俯いた由香の額を掬い上げるように無造作に掴んだ。

「倒れんなよ、コラ」

 そう言いながら、彼は、前のめりになった由香の上半身を乱暴に起こした。その勢いに、由香はふらつき、数歩、後ろによろめいた。
 ふらついた足元が何かを踏んだ。その上で靴底が滑った。

「ぁ!」

 小声をあげた時には、身体はバランスを崩していた。気が付けば、転んで尻餅をついていた。

「何やってんだ、馬鹿」

 と、少年の声が張り合いを失ったように言った。だが、次の瞬間に、呆れ顔で由香を見下ろしていた彼の目がギラリと鋭く光った。その視線は由香の下半身に注がれていた。
 尻餅をついた由香の両脚はスカートの裾をピンと張って開いていた。無防備に晒してしまったスカートの奥に少年の眼が釘付けになっていた。

 ―あっ、と思った時には遅かった。

 由香が両膝を閉じる前に、少年の靴がそこに割り込んできた。靴の底はスカートの裾を捲り上げながら由香の股間へと一直線に進んだ。

「ダ・駄目!止めなさい」

 大声で言ったつもりだったが、由香のその声はか細く、その弱々しさが少年の興奮に油を注いだようだった。

「馬鹿!閉じるなよ!股、開いとけ!―そしてなぁ…」

 少年の踵が白いショーツを覆ったストッキングの上で激しく振動した。

「そしてなぁ…二度と俺に命令するな!」
「ぁあ!や・やっ!いやぁ!」

 由香の叫びを無視して、少年は、彼女の股間に押し当てていた部分を、踵から爪先へと徐々に動かした。そして爪先を由香の陰部に押し当てた。まるで、靴全体を由香の内側に挿入するかのように股間の中央に靴の先を突き立てた。

「婦人警官だからって、やったコトねーわけじゃねーだろ…ガキじゃねーんだから」

 その言葉を聞いて、目の前にいる「ガキ」に「ガキ」呼ばわりされたようで、由香は自分を情けなく感じた。

「諦めなよ。ちゃんとしてくれるなら、優しくしてやるからさ。いいじゃん…一回だけ…もう殴ったりしないからさ」

 少年の声が次第に甘くなった。彼は靴を由香の股間に押し当てたまま、しゃがみ込んで言った。

「どうせならさ、乱暴にされるより普通にされた方がいいだろ。俺だって無理矢理やりたかぁないよ…だからさ、ねぇ…」

 顔を近づけてきた。

「お姉さんからキスしてよ。そしたら優しくしてあげる」

 少年の声は自信に満ちていた。
 由香の心が震えた。―二つしか選択肢がないのなら普通がいい。ならば、今の少年の言葉を受け入れようという考えが頭を掠めた。
 目の前の少年の顔を見た。彼は笑っていた。中学生という年齢のせいだろうか、その微笑は陵辱者の笑みには見えなかった。
 相手が無垢に見えた。―いや、相手を無垢な少年だと思う事で、自分の消極的な選択を無理に納得しようとしていたのかもしれない。

 由香は少年の顔を正面に見据え、静かに彼の方へと顔を近づけていった。
 少年の両手が由香の肩に添えられると、彼女の股間から靴の感触がなくなった。しゃがんだ少年は、由香のキスを受け止めようと彼女の股間に置いていた靴を外し立膝の姿勢になった。

 ほんの少しの距離でお互いの唇同士が触れそうな位置まで顔を近づけた由香は、静かに両目を閉じた。
 



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