| 婦人警官 汚辱 | 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 |
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01
１． 夏の強い陽射しが照りつける午後。 不快指数も、じわじわと上昇していた。 「なぁ、葉子ちゃん、頼むよ。夕方の交代までに書類、片付けなきゃならんのだからさ。」 エアコンの効いた駅前交番の中で中年男性の警察官が葉子を見て言う。 婦人警官の宮嶋葉子は、その男性警官を半ば同情の目で見ている。 昨日―正確な日付は今日になるのだが、葉子が勤務する交番の担当地域内で、 深夜徘徊する若者グループ同志の諍いが起こり、中高生たち7人が補導された。 男性警察官は昨夜の当直でその件に関わり、書類の作成等で徹夜していた。 午後になった今でも書類の作成は全てが終わっていないようだ。 事件は葉子の仮眠中に起きた。 男性警察官は婦人警官の葉子には危険な現場と判断したのだろう。 彼は警察署へ応援を求め、葉子を交番に寝かせたままにして対応を行った。 「わかりました。今日はひとりで行ってきます。あまり無理しないで下さいよ。」 少年非行の防止が警察官への志望動機の一つだった葉子にとって、 男性警察官の判断は少し寂しく、それ以上に悔しくもあったので、 彼女は昼間の一人での巡回を引き受ける事にした。 婦人警官になって三年。 女である事が現場で疎んじられている状況を変えたいと思っていた。 心の底で、婦人警官の自分が単独で事件を解決する機会を期待していた。 葉子自身は、自分の心の中にある「事件への期待」に気がつかないまま、 駅前交番から、うだるような暑さの屋外へと、その足を向けた。 ２． 学校はすでに夏休みに入ってる。 毎年この時期になると増える少年がらみの事件への諸注意が、 先日、県警本部からあったばかりだった。 駅前商店街の各店舗を訪問し終えた葉子は、その先に続く住宅地へと向かう。 真夏の炎天下のこの時間、住宅地に人通りは少ない。 アスファルトからの照り返しが気温をさらに高くする。 葉子は無個性な分譲住宅地が並ぶ緩やかな坂道を見上げた。 坂道の頂上、小高い丘の上には住宅地用に整備された公園がある。 今日の未明に事件のあった公園だ。 丘の上で通行人から目の届きにくい位置にあるこの公園は、 まず浮浪者の溜まり場となった。 その後、浮浪者にゲーム感覚で暴行を加える少年達の溜まり場になった。 幼児を持つ付近の住民から「恐ろしくて近寄れない」と今でも苦情が続いている。 当然のごとく公園は駅前交番に勤務する警察官達の巡回コースに組み込まれた。 住宅地の坂を登りきると、さらに公園内部へと向かうコンクリートの階段がある。 階段の中央にある鉄パイプの手すりを握った葉子は思わず「熱ッ」と叫んで、 反射的にその手を引っ込めた。 制帽と肌が接する額にじわりと汗が滲んでいるのを、今、意識した。 階段を登りきると広々とした風景が広がる。 公園中央のシンボルツリー下のベンチには、木陰で涼をとるように、 三人の浮浪者が無気力な表情で腰掛けている。 「なぜ、彼らは少年達に暴力をふるわれるのに、ここを出て行かないんですか？」 交番に着任したばかりの葉子は同僚の警察官に、そう尋ねたことがある。 同僚は不機嫌そうな顔をして答えた。 「ガキども、殴った後、やつらに万札渡してんだよ。 俺にはわかんねぇよ、どうなってんだかよ。」 三人の浮浪者が同時に葉子を見る。 彼らの目は死んだ魚のようにどろりと濁っていた。 ３． 「浮浪者は放っておけ。」と交番の先輩警官たちに言われていた。 放しておけば少年たちの暴行現場を押さえるための餌になる―そんな口ぶりだった。 葉子は悲しい目で彼らをちらりと見た。 その視界の隅、公園の奥にふたつの人影が見えた。 白いワイシャツを着た中高生と思われる影ふたつは葉子の視線を避けるように、 公園の公衆トイレの中へと消えていった。 事件の予感がした。 肩にかけた無線機に手が伸びたが、交番に残った中年警察官の顔が浮かび、 その手はピタリと止まった。 葉子は、三人の浮浪者が座るベンチを避けるように、シンボルツリーの反対側を通り、 早足で公衆トイレへと向かった。 男性用の入口前に立ち、トイレの中に向かって、 「中に誰かいますね！返事をしなさい！警察です！」 と厳しい口調で声をかけた。 蝉時雨がピタリと止んだ。 静かなひとときが流れ、再び蝉が鳴き始める。 しかし、中からは返事がない。 「入りますよ！」 そう言った葉子はベルトから警棒を抜き、男子トイレに一歩、足を踏み入れた。 アンモニアの異臭が鼻腔を突いた。一見、トイレの中は無人に見えた。 男子用トイレの奥には個室が二つ並んでいる。 手前の個室はドアが開いていたが、奥の個室はドアが閉まっている。 カタリ…。 奥側の個室で何かの音がした。 「そこにいるのは解っています！出て来なさい！」 葉子が再び厳しい声で言う。 「出て来ないなら…」 葉子がそう言った時、奥の個室の扉がゆっくりと開いて、ふたりの高校生が姿を見せた。 そのふたりの様子を見て、葉子は息を飲んだ。 大柄で髪を金色に染めた少年が、小柄な縁なしメガネをかけた少年を盾にするようにして、 その喉元に鋭い刃のナイフを当ている。 「出て来なかったら、なんだっつーんだ！」 金髪の少年は怒りを込めた口調で葉子に向かって叫んだ。 ４． 葉子は冷静に、そして素早くふたりの少年を観察した。 金髪の少年は工業高校の生徒だ。 何度か補導歴があるため駅前交番にも写真が回されているので記憶にある。 この地域の要注意人物の一人だ。 小柄な少年が履く制服のズボンの色はグレーだった。 白いワイシャツの胸の部分に校章の刺繍がある。 この地区、いや、県内でもトップクラスの進学校の生徒だ。 ―なんとか小柄な少年を金髪の少年から助けなくては。 そう判断した葉子に向かって金髪が叫ぶ。 「そこ、どけ！殺すぞ、コラ！」 「やめなさい！その男の子を離しなさい！」 「うるせぇ！警棒捨てろ！こいつの喉切るぞ！」 ナイフの先端がメガネの少年の喉に数ミリ食い込んだ。 「痛い！助けて！」 その悲痛な声を聞いた葉子は警棒を握りしめた右手を降参するように挙げて、 意を決したような口調で金髪に言った。 「解ったわ。警棒を捨てれば、その子を助けるのね。」 「捨てるだけじゃダメだ！俺をここから逃がせば、こいつは助けてやる！ だから、捨てろ！早く！」 「…仕方がないわ…」 そう言って、少年たちから視線を逸らさずに警棒を握った手を弛めた。 警棒が床のタイルに触れ、乾いた音を響かせる一瞬前に、 金髪は、メガネの少年を葉子の方に向かって突き飛ばした。 「わ！」 短い叫び声をあげた小柄な体が勢いよく葉子に向かってきたが、 彼女は少年がぶつかる前に身をかわした。 メガネの少年をよけた葉子に向かって金髪がナイフを向けて踊りかかってきた。 突き出されたナイフを葉子は寸前でかわし、その金髪の手を細い腕で抱え込んだ。 床にナイフが落ちた音が響く。 葉子はさらに、金髪の腕に体重をかけるようにして背中側へとひねる。 「ぎゃ！」 痛みに金髪が声をあげる。 それと同時に足払いをかけ、金髪の腕を捻ったまま彼を床に押さえつけた。 「もう、抵抗はやめて、おとなしくしなさい！」 うつ伏せに倒れた金髪の上に、彼を押さえ込む体制で乗った葉子は、 金髪にとどめを刺すようにそう言うと、開いた左手でベルトの手錠を探った。 ―が、その瞬間、背中に、ちくりとした痛みを感じた。 「！」 葉子の背後から、穏やかで澄んだ口調の声がする。 「お姉さん、強いんだねえ。ツヨシくんを一瞬で押さえ込んじゃったよ。 でも、油断大敵。 さっき、どうして無線で助けを呼ばなかったの？ ま、そっちの方が僕らには都合がいいんだけどね。ふふふ。」 -つづく- |
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