婦人官 汚 01   02   03   04   05   06   07   08   09   10   11   12   13   14   15  



  02

5.

背中にナイフを突きつけられたまま葉子は硬直していた。

「動かないでね。怪我すると損だよ。手錠は僕が取ってあげるよ。」

少年の声がしたかと思うと、葉子の腰のベルトに軽いテンションがかかった。
パチリ。
ホルダーのホックが外される音がして、ベルトから手錠が抜かれる感触があった。

「…あ、あなたたち…」

葉子の声に動揺は隠せなかったが、金髪の少年を押さえ込んだ体制は崩すまいと、
それだけは努めて意識していた。

「そうだよ、僕らはグルだったんだよ。」

小柄なメガネの少年の口調に罪の意識は全くない。
手錠を取ろうと背中に回したままの左手首が掴まれ、カチリと微かな音を立て手錠がはめられた。

「な、何をするつもりなの?」

敢えて強い口調で葉子は少年に問いかける。
だが、少年は葉子の質問には答えず、

「ん、もう一つは、どうしようかな…」

と、軽い口調で呟いた。
つづいて、葉子の右足首が掴まれる感触があった。

「婦警さん、足、曲げて。」

穏やかな口調を崩さずにメガネの少年が言う。
葉子はその言葉を拒むように、金髪の少年を押さえ込んだ体制の両足にさらに力を入れた。

「ちっ、わかんない人だな。」

はじめてメガネの少年の声が冷淡な表情を帯びた。
次の瞬間、葉子は右足の膝頭の裏側に激痛を感じた。

「あうっ!」

予想していなかった痛みに葉子は女々しい悲鳴をあげた。

「曲げろって言われたら、おとなしく曲げときゃぁいいんだよ!」

メガネの少年の声が急変し、怒気を帯びてきた。


6.

葉子が感じた痛みは、先程、床に落した警棒の先端で膝の裏を突かれた痛みだった。

「おとなしく命令されてるうちに言う事聞けってんだ!」

メガネの少年はそう言いながら今度は靴で葉子の膝の裏側を何度も踏んだ。

「う、痛ッ。や、やめなさい!」
「じゃ、曲げんのか?」

葉子の足を踏みつづけながら少年が問う。

「く、くぅ…」

葉子は、少年の問いに答えずに奥歯を噛みしめて耐えた。

「ちっ―仕方ない…。」

膝の裏への攻撃が止まり、少年がそう言ったかと思うと、
今度は刺すような鋭い痛みが葉子の膝の裏を襲った。

「イッ痛ッ!」

今度の痛みは葉子の膝の裏がナイフの先端によって突かれたものだった。
葉子の体が彼女の意思に反して、刺された部分を守ろうと右足を軽く曲げるように反応した。
その瞬間を逃さずに、メガネの少年は葉子の右足首を掴み背中側に折り曲げるようにして、
先程はめた左手首の手錠の残りの輪の部分に、その右足首をはめた。

カシャッ!

手錠が閉じる金属的な音が響く。
葉子の体は左手首と右足首を手錠で繋がれながら金髪の少年を押さえ込んでいるという、
不自然な格好になっていた。

「ふぅ…、手ぇ、かけさせるんだから。」

息を整えるようにメガネの少年が呟く。

「さて、と。次は…、ふふ。」

少年の口調が柔らかいものに戻った。
そして、再び葉子は腰のベルトにテンションを感じた。
少年の手は、腰のベルトに装着された拳銃に伸びていた。


7.

「あ、それは!や、やめなさいっ!」

思わず葉子は厳しい声を挙げる。
そして、心の中で迷った。
左手と右足を手錠で繋がれたまま、拳銃を取られないように抵抗を試みるのか。

だがそれは、自分の体の下にいる金髪の少年を自由にする事を意味しており、
敵を二人に増やす事でもあった。

自分が犯した失態への後悔が大きな波となって押し寄せてきた。
その波の中で葉子は―拳銃を盗られてはいけない―そう判断した。

金髪の少年が自由になっても、この少年達の怒りの矛先は、まだ自分ひとりだ。
だが、拳銃を盗られた瞬間、彼らによる犠牲者は、拳銃に装填されている弾丸の数、
つまり5人に増える可能性がある。

葉子は、左手首と右足首を手錠で繋がれた体勢のまま、拳銃を護るように床の上を転がり、
右半身を隠すように壁を背にして、体を起こした。

「…ぃててて…」

押さえ込みから解放された金髪の少年の声が聞こえた。

「痛かったなぁ、畜生。」

声のした方に目を向けると、金髪の少年が首をほぐすように左右に振りながら、
葉子の方に向き直るのが見えた。

金髪と葉子の目が合った。

「うりゃ!」

葉子が恫喝の言葉を発する前に、金髪は掛け声を上げ葉子の腹に蹴りを入れた。

「ぐは!」
「てめぇ、俺に何したかわかってんだろうな、クソアマ!」

金髪の罵声とともに、腹への蹴りは容赦無く、幾度も続いた。


8.

蹴りから身体を庇おうと葉子はまだ自由な右手で腹部を押さえ、背中を丸めた。
その体勢になるのを待っていたかのように金髪の靴底が葉子の後頭部を襲った。

葉子の頭上から垂直に降ろされた金髪の足は、彼女の顔面をトイレの床に打ちつけた。

「ぎゃっ!」

あまりの痛みに葉子は絶叫した。

「ツヨシ君、顔は、まだ止めておきなよ。」

メガネの少年の冷静な声がした。
金髪の少年の靴は葉子の制帽の上から、彼女の頬を便所の床に押し付けている。
一年中乾く事のないだろう公衆便所の湿気を含んだ床は、
真夏だというのに葉子の頬に冷たかった。

「ふん、リュウちゃんがそう言うならしょうがない…」

葉子の頭が軽くなった。

「それより、ツヨシ君。ピストルをさ…。」
「ん?あぁ。」

少年ふたりのやりとりは、まるで玩具を手に入れたいような口振りで緊張感は一切感じられない。
蹲った姿勢の葉子の腹の部分に、金髪の靴がゆっくりと挿入され勢いよく葉子の膝を払った。

「う!」

短い叫びを上げた葉子は便所の床に完全にうつ伏せになった。
葉子は右手をベルトのホルスターに伸ばしたが、今度はメガネの少年の足がその掌を踏む。

「無駄な抵抗はやめなさいね…と。」

軽いジョークを飛ばすようにメガネの少年が言いながら、再び拳銃にその手を伸ばした。

「や、止めなさい!それだけは…!」
「便所に這いつくばらされてるくせに威張ってんじゃねーよ!」

金髪の少年が葉子のみぞおちを蹴る。

「ぐふ!」
「ツヨシ君、今、こいつを動かしちゃダメだ。」

苦痛の感覚の向うにホルスターから銃が抜かれる感覚があった。

「や、やめ…」
「少しは黙れ、コラ!」

口を開こうとした葉子を押さえるように金髪の靴が彼女の頭部に再びのしかかって来た。

「ち、めんどくさいな。」

メガネの少年の声とともにカチャカチャという小さな音が葉子の耳に届いた。
拳銃とベルトを結ぶカールコードから銃だけを外そうと試みているようだった。

「切っちゃえよ、リュウちゃん。んなモンはさ。」
「ん?拳銃を繋いでるんだぜ。中にワイヤーでも入ってたらナイフの刃が欠けちゃうじゃん。」
「ち、まどろっこしいなぁ…」
「もう少しだから…ん、取れた!」

―葉子は拳銃を奪われた。


  -つづく-

 

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