婦人官 汚 01   02   03   04   05   06   07   08   09   10   11   12   13   14   15  



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57.

猫背の射精と同時に、葉子の体の内側に、別の液体の感触が生まれた。
それは、彼女に不快感というより嫌悪感を抱かせた。

その嫌悪感は膣の中に射精させられた事に対してではなく、
自分の体内に吐き出された生温かくダラリとした感触の粘液という、物質自体に対するものだった。

怒りも悲しみも湧いては来なかった。
妊娠の怖れなどはなく、「―気持ち悪い」という感覚だけが、まず、あった。

ゆっくりと猫背のペニスが抜かれ、腰を持ち上げていた彼の腕が離されると同時に、
葉子は脱力したようにべったりと公衆便所の床にうつ伏せになった。

激しい疲労が一気に彼女を襲った。

―このまま、ここで眠り、目が醒めたら、実は自分はまだ交番の仮眠室にいるのではないか。

そんな感覚が、ちらりと浮かんだ。

このトイレで起きた出来事は、あまりにも長すぎるような気がした。
その混沌とした時間感覚は、あの夜見る夢が持つ、現実から遊離した感覚とそっくりだった。

葉子は、静かに自分の性器に手を当てた。

指先に、ベットリとした白い粘着状の液体が付着した。
その液体は、膣の中から一筋の線となって太腿の付け根を伝って床に垂れている。
すでに冷えた精液の軌跡を、葉子はその肌に感じていた。

その感触が、全ての出来事が夢ではないと、葉子に教えていた。

放心状態の葉子の耳に、金髪やメガネの少年、そして浮浪者たちの話し声が聞こえてくる。
しかし、その声は輪郭を伴っていない不明瞭な声だ。

彼らの声を聞きながら、無線機も壊されてしまったんだったと、あらためて思った。

彼らの声は、無線機の小さなスピーカから聞こえてくる、
混沌としたノイズの向こう側の声に似ていた。


58.

葉子を現実世界に引き戻したのは電子音が奏でるメロディだった。
その音は最新型の携帯電話の着信メロディで、複雑な和音で美しく演奏されていたが、
葉子の耳には、まるで目覚し時計の音のように響き、彼女を我に返らせた。

着信音が途切れると、メガネの少年の声が聞こえた。

「ん?あぁ、なんだ、もう出られたのか。思ってたより早かったね。
 きつかった?―ん?あぁ、前の時のほうが辛かったって?アハハ…。」

電話の会話に金髪の少年の声が反応する。

「え!あいつら出られたのかい?で、相手の奴らはどうなんだよ?」
「相手も一緒に出たわけじゃないだろぅ。―そうだろ。君らは被害者だもんなぁ、ふふふ。」
「被害者?」
「ふふ。大丈夫だよ、被害者面してればいいんだよ。奴らの方は当分、出られないはずさ。
 彼らは、逆に加害者になっちゃってるんだからね。ふふふ。」
「あ、なるほど…く、くくく。」

メガネの少年が電話に向かって話す内容を聞きながら、金髪が何かを理解したように笑った。

「明日からは君たちへの警察の対応も変わるよ。取調べじゃなく事情聴取になるのかな?
 協力してあげるといいよ。奴らの悪事をさ、教えてあげてさ…ふふっ」

―が、余裕のある口振りで会話をつづけていたメガネの少年の声が急に怒号に変わった。

「違うッ!親父は関係ないッ!―あんな奴は偉くもなんともないんだ!
 僕の前で、あいつを誉めたりするなッ!」

持っていた携帯電話を便所の床に叩き付けそうになったメガネの少年を制止するように、
金髪が慌てて彼の肩を押さえてなだめる。

「リュウちゃん、落ち着けよ!―あいつらも悪気があって言ったんじゃないんだからさ。」
「うるさい!触るな!」

メガネの少年は、肩を持つ金髪の手を振りほどこうとしたが、腕力の差は歴然としていた。

「ちっ!わかったよ!ツヨシ君が言うんなら…。―ったく、どいつもこいつも…。」

舌打ちをして下方を向いたメガネの少年と葉子の目があった。
落ち着いたかに見える彼の瞳には、まだ怒りの光がかすかに残っていた。

「ち」

メガネの少年は葉子を見て小さく舌打ちをしたが、程なく冷静さを取り戻すと、
携帯電話に向かって話をつづけた。

「あぁ、君らにいい物をあげるよ。公園に来いよ…例の公園にさ。
 公衆便所の中に…公衆便所がいるよ…うふふふ。」

メガネの少年はそう言って携帯電話を切り、髭面と猫背の二人の浮浪者たちの方を向いた。
さらにメガネの奥の冷たい瞳で葉子を見つめて、唇の端で笑った。

「さぁ、この婦警さんをさ、便器にしてあげよう…あいつら専用の便器にさ…。」


59.

そう言った少年は小便器の並ぶ空間を見た。

髭面と猫背は、メガネの少年の言葉の意味を図りかねたようにキョトンとしている。
男性用小便器の列に視線を向けたまま、メガネの少年は、さらに彼らに言った。

「あそこに、運ぶんだよ。」

そして、突然、傍らに座り込んだままの白髪の浮浪者の腹を蹴り上げた。
白髪の口から鈍い音が漏れる。

「ガフッ!」
「ジジィ!あんたもだよ!傷は大した事ないはずだからね。皮膚の表面、撫でただけなんだから。」

そう言われた白髪の浮浪者は、口の端からダラリと垂れた涎を拭い、
腹を押さえ、よろけながら立ち上がった。

葉子は、全てに為す術もなく、脱力したように便所の床に横たわっている。
金髪が彼女の傍らにしゃがみ込み、その右足首に付いたままだった手錠をはずしながら、
メガネの少年に声をかけた。

「リュウちゃんは、やんないのかい?この婦警とさ…。」

それを聞いた少年は、鼻で笑いながら言った。

「フン!こんな汚い女となんて、やりたかぁないよ。」

その言葉を聞いて葉子は、なぜか、深く深く傷ついた。
これ以上の陵辱を自ら望んでいるわけではなかったが、ある種の「覚悟」はあった。
ただ葉子の悲しみの原因は、その「心の準備」が否定された事ではなく、
少年の言葉の中に、葉子の「女」を否定されたニュアンスを感じた事だった。

「数学の小林、呼び出そうよ。」

葉子の気持ちを無視するかのように、メガネの少年が金髪に言った。

「あいつ、やっちゃってから、もう三ヶ月にもなるのに、まだ、やられる時に泣きそうな顔するだろ…。
 普段の授業じゃ威張ってるくせにさ…。
 あの泣きそうな顔が好きなんだよ。ああいうのに興奮するんだよ。」

金髪に向かって、無邪気そうな笑顔で話しながらメガネの少年は葉子を一瞥した。

「こんな糞まみれの女じゃ、やる気でないよ。―しかも、おじさん達のお下がりじゃぁねぇ…。」

メガネの少年と金髪の会話を聞いていた葉子の体が宙に浮いた。


60.

葉子は三人の浮浪者に抱えあげられ、個室から男性用小便器がある場所まで運ばれた。

「ぁっ…ぁっ!あぁ…」

葉子はわずかな抵抗の気持ちを込めて小声で呟くように叫びつづけたが、
その小さく開いた口元に、金髪の手によって、
彼女の足元から脱がされた下着とストッキングが捻じ込まれた。

「便器が喋るなよ。」

金髪が冷たく言い放った。

葉子は、縦長の男性用便器に、頭を下にして背中を密着させるような状態で置かれた。
両手は手錠によって背中側に固定された。
両足は大きく開かれ、足首はデッキブラシの柄の部分にホースによって結ばれ、
そのブラシの柄は、葉子の首の背中側に回り込むように通された。

さらに膝も別のホースで縛られ、そのホースは隣の便器のパイプを経由して折り返し、
葉子が置かれた便器を通って、さらに逆隣の便器から彼女の元へと戻り、
もう一方の膝に結び付けられた。

葉子の剥き出しになった性器は天井を向いていた。

「これ、返すよ。」

メガネの少年が、冷静にそう言って葉子の性器に拳銃の銃身を無理矢理、捻じ込んだ。

「んー!んーぅんー!」

口に押し込まれた下着のために、性器を襲った激痛よる叫びは声にならなかった。
便器に固定された葉子は、痛みのため芋虫のように不自由に身を捩った。

「醜いね。これも返すよ。」

彼女の股間と、その中央から顔をのぞかせる銃把を隠すように、
メガネの少年が葉子から奪った制帽を、その部分にかぶせた。

「じゃ、元気でね。僕らの友達がもうすぐ来るから、よろしくね。」

そう言って、メガネの少年は、金髪や浮浪者たちとトイレを出て行った。

寒くなった。
身体中に付着した葉子自身の汗が、彼女の体温を急に冷やしはじめた。

葉子は、逆さになり大きく脚を開かされた状態で、いまや茫として天井の蛍光灯を見ている。

―さっきまでの蝉時雨が、いつのまにか、ヒグラシの声に変わっていた。


  -おわり-
 2003.02.26脱稿

 

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